呪いは現実となった。
 思えばあれは祈りだったかもしれないと、本当はそう思う。


ネ オ ン イ ー タ ー


 降ってくる物が雪か灰かで言い争った。
 時たま笑みが止まらなくなった。
 緩んだ螺子を抱えていて、それをさらけ出す頻度を競っているみたいだった。
 勝敗の付け方からふたりで考え出そうとしていた。
 始まりの始まりみたいに。
 終わりから繰り返すみたいに。

 夜は青かった。月は遠かった。だけど目に見えていた。それが何よりも大切なことだった。
 いつまで待っても成熟しない暗闇で、おれたちは絶えず何かを欠いていた。
 さいわいと言ったら互いに異なるところを欠いているということにおいてだった。それは重要なことだった。とても大切で、それこそかけがえのないことだった。

 いいわけを与えられている、ということだった。

 憐憫は甘さでしかなかった。たったひとりになったとき、眼差しはなんてやさしいんだろうと気づいた。それまではどうしてあんなにとげとげしかったのだろう、とも。
 誰も彼もどこへ行ったんだろう。

 ところで。

「さっきから誰の話さ。どの町の。いつの」

 囁き声はウエハースの粉末とともに耳殻を撫でていく。
 優れていることを欲しがっていたということ。
 代替の無い世界を夢に見ていたということ。
 瞳は覚束ないで始終ちいさく振動している。
 育てた小鳥はついに鳥かごから出さずじまいだった。裏切られたって恨みも言わず春を告げ続けた。どうして今頃思い出すものがあれなんだろう。

「もしもこれがおれの妄想で」、言葉は文節から先を許されない。

 なんて目で見るんだろう。さっきからこいつ。知らないやつ。
 誰のためでも無い無尽蔵の色彩。
 名前を忘れた鼻柱にネオンを抱いた雨が降る。
 涙。
 そう、おまえの涙だ。

「だからあんた、何。どうしていつまで経っても僕が恋しいの」
「自分に呪いをかけた。ずっと前に」
「うん。それって百年」
「たぶん、もっと」
「たいしたことじゃないね」

 それだけで分かったのか、それとも先を聞きたくないのか、とっくに興味が失せたのか、すでに飽きているのか。
 どうとでもとれる笑顔でおまえが見下ろしている。

「かわいいな」
「何が」
「あんた」
「何で」
「だっていつか死ぬんだ。それってすごくかわいいよ。すごく、ね」
「死ぬのなんて、おまえだって」
「ぼくは」、と言いかけてまた笑う。まるで咳を堪えるような表情。咳。それって何だろう。

「せめて終わりくらいはきれいだろうとでも思った?」

 おれは自分の脇腹を見下ろす。
 白い腕の先が突っ込まれている。
 痛みはない。視覚でそれと知る。
 見方を変えれば、腕はそこから生えているようでもある。
 だとして、おれの中から何を持ち出してこれる。
 恨み、つらみ、足掻きもせずに呪った。呪った。それしかできないみたいに、ただ呪った。
 ふん、どうせ何も持ち出せはしない。
 今に至ってそのことがやけに滑稽で楽しかった。
 人の上に遠慮なく跨って、ばかやろう。
 おれからは何も取り出せはしないさ。
 あんたが誰だか知らないが。どれだけえらいか知らないが。

「ばかだねえ。あんた。ありふれたものが美しいわけはないさ」。

 おれの予想を裏切って、突き出された手は確かに何かを握っていた。
 思わず体を起こしかけたところを、膝頭で押さえつけられる。

「これが何だか分かる」
「返せ」
「無理な話だ」

 おまえは手のひらで口を覆うようにしてそのまま飲み込んだ。
 持ち主だったおれには一片だって見せてくれずに。

「返せ、返せ、返せ」

 怒り狂うおれをおまえは見下ろしている。首を傾げて。小鳥のような眼差しで。

「返した。何度だって返したさ。だけどその度におまえはこれを投げ出すんだから」

 両手で頬を包まれて怒りが鎮まる。怒りだけではなく、思考が溶ける。無くなる、境界が。色彩と思いが。

「そんな顔をするなよ。僕がまた何度だって食べてやる。こうやって、ほら、飲み込んだ」
「うん、うん」

 ネオンを閉じ込めた涙が降ってきた。
 おまえの目から、おれの目へ。
 すると世界は移り変わる。滲んだところから別の景色が始まるんだ。そして。

「呪ったらいい」

 名前を呼ぶこともなく。

「臆せず呪え」

 そして、忘れる。
 何もかもを。
 きっと目覚める。
 間髪入れず。
 囀りが聞こえる。
 たったひとり、また誰かの鼓動の中で。

 ああ、春だ。
 おれの知っている。
 おれを知らない。
 怪我した小鳥をまた飼えるだろうか。
 目下の心配事、もしも訊ねられたら、それと応える。今はそれだけ。