き ず つ け の 森


片手かざす。その動作一つで簡単に千切ってしまえるんだ。露知らない君は近付いてくる。冷たい刃物の上に右頬をのせ、僕はじっと君だけをみつめている。ここは、きずつけの森。小鳥も寄り付かない寂しい森。裸の足を野薔薇が刺す。君は少し唄っていた。白い咽が微動している。ああなんてことだ、君の柔らかな心臓は赤い血を紡ぎながら同時に言葉も紡いでいるのか。その事が分かると、突然に触れたくなった。触れたら抱き締めたくなった。抱き締めたら傷つけたくなった。立て続けに僕を襲う衝動は獣のように我が儘だった。手始めに君の髪切り落としてやった。光を受けて明るくなった眸は、黙ってこちらを見つめるだけだった。だから君をころしてやろうと思った。でも、もう少し、あと少しだけ。

太陽は二人の真上に位置した。

耳を澄ませば君はまだ少し唄っている。その声を聴いていたら、ふと、何もかも分からなくなった。傷ついていたのは本当に僕だったのか。冷たい森の、小鳥も寄りつかない木々の奥で泣いていたのは本当に僕だけだったのか。もしかすると、君だって、ずっとずっと哀しかったのじゃないだろうか。
「ずっとここにいたい。毎日きずつけても良いよ、あいしてくれるなら」。
そう告げた君を仰向けに寝かせ、突き出たその膝頭に早速噛み付いた。血は白い脹ら脛を流れる。舌先で引っぱり出すのは蜜のように甘い肉だ。骨には適度な硬さがある。気付けば指が絡まりあっていた。君はずっと唄っていた。存分に傷付けたらまた、抱き締めたくなった。抱き締めたら今度は、優しく触れたくなった。優しく触れたら見つめたくなった。すこし顔を遠ざけて、見つめたくなった。虚ろだった眸には今、零れ落ちてしまいそうな潤いがある。

「こんな形でしかあいせないかもしれないよ。ずっと、ずっと。それでもここにいたいと云えるのか」。
「それでも良いよ。どんな形でも、良いよ」。

僕は君をころさないことにした。

040318