動脈を抑えて
微笑を隠して
頬に涙を
濡らさせもしない
巧妙に撫でて
安易に撫でられて
人の悪口
云いもしないで
朝陽に目を細めて
夕日を瞠って
羨望ばかりのくせに
取り残されるのを
放っておいてと正論して
星が光ると寝て
星が消えると目を覚ます
そんな一日、
そんな一年、
そんな一生、
ただの一度の、
例外も無いよな顔で
連綿と連なる
営みを無視し
孤独ばかりを
大層保護する
ぼくは
弱いな





「おもいで」

体温があったころの
きみの欠片を
少しずつ
すこしずつ

なくならないよう
完全には
なくなってしまわないよう

食べることでしか
明日の朝も目覚められない





「虚言癖」

時計の螺子を
巻いたのは
いったい誰

先頭車両
黒服の
車掌は
ちいさな猫を
かぶっている

ぜんまいを巻く
音が聞こえる
それはいったい
誰の指


あれは鳥のくちばし

耳がささやく
誰のでもないぼくの耳が





「ある若い読書家の寝言」

濁流に飲まれた生き物が水を飲むみたいに
無数に本を読み流すより
一月にたった一冊の本を
きみからの手紙みたいに読み返したい
幾度も幾度も
なぞる視線が紙を穿つほど
空に赤い月が笑う夜
ぼくは自分を救うものが何か知るんだ





陸で沈んでいても
効果はないのだ

舌を使わないぼくらが沈むのは
この星でもっとも多くの
水が集まる場所でなくては

体は上昇と下降を区別せず
そこではどこまでも落ち
そこではどこまでも浮く

すべての記憶が尊く
醜かったり恥ずかしかったり
するほど儚さは募った

きみが泣く
だれが泣く
いずれ泣く
ぼくを泣く

抗っても希望のイメージは
つねにこの場所にあった
この場所にしかなかった

地上では呼ぶことも憚った
あなたが光の中にようやく見える





伝えたくない
もう何も

正しく届かないのなら
黙って放ったほうがいいのだ

透明の骨格
この世でぼくがなりたかった
(なりえなかった)、
唯一の形態
ありし日の祖先の欠片
いま生きるぼくらの吐息はすべて
琥珀に包まれた彼らの波紋でしかない

めぐりめぐって
生命は幾度も四季に蹂躙される
優しげな微笑は怖いもの知らずで
いつの時代も最適な言葉を求める





「独裁と群衆」

檀上に青い目を向けて
みなしごたちは黙っている
聞き入っているものもあり
今にも瞼が落ちそうなものもある
沈黙は水に浮いた油のように
七色に光りながらどこかへ流れる
まだ知らないで許される
弟のあくびで罪はすべて亡びる





手記の残りを食んで
残りの日数
生きながらえている

つながれた夜
首輪の無い朝
同じ主題の反芻
色褪せた楽譜の記号

ぼくは呼吸を
忘れてしまうころだった
それらすべて信頼に値すると
きみが笑って云わなければ





「面会」

待っていた
ずっと待っていた

幼女を食べた男の手記を
読んだあなたの横顔が
眩しいものに惹かれたみたいに上げられて
だけど罵倒を吐きだす
一連の動作を眺めながら

コーヒーカップの
丸みを帯びたフォルム
戦闘機のコクピットみたいな
そして新しい猫がくるぶしを嗅いでいる

復讐とは
償いとは
道徳とは
人間とは

手元に手記を置いて
あなたは喋り続ける
そこらの人よりずっと淡々としてはいるが
ぼくが思っていたよりはずっとせっかちだ

おおむね正しいと思う

だからあなたは
コクピットのようなカップや
あいらしい猫を三匹も
飼えてしまっているのでしょう

驚かせるつもりはない
ただ少し
癪で

一日はいつも新しい
さあ雨期が終わって
丘が緑に色づいたよ

帰ります
ええ持って帰ります
この手記は
兄の唯一の形見ですから





均衡が狙われている

敵の顔した味方や
味方の顔した敵からも

ガスマスクの村

消えたのは
子供の笑い声
そして大人の姿

暴力は
愛だ





「毎年恒例」

大切なものを並べただけで
世界はその三つで
めっきり整ってしまい
息を
二度と吐かないでいいかなと
思った日は
例年通りの一日でした