「転校生Aと教師A」

転校初日のその子供は
借りたクレヨン箱から取る色を考えあぐねる
割れ
折れ
大切な要素などそこには何も無いのだが

思考を停止させるものは宗教かそれとも人の愛か

熟すことに本当は年齢は関係がない
悧巧に過ぎた新しい子供
彼が注意を払わないのは瞬きのタイミングくらいだ
新任の教師は飼われたクジラのように机の間を遊覧する
彼の頭は今夜食べるものでいっぱいに満ちている

 平和とは
  オムライスとは
 生きるや死ぬとは
  慣れないエプロン姿
 石のように硬いもの
  ヨーグルトのように柔らかなもの

誰が何を訴えても
誰が何を讃えても
同じ教室どころか同じ星の上にあるだなんて信じられるか

人を救うものはきっと救われないものの存在だけだ

韻を蹴って連ねる文字の彼方にも
きっとぼくら大人なんかになれない
幸いはいつも
もうそんなもんなりたくないと願う心持に由来していて欲しい。





「そして回る」

数えきれない若い星が
枯れるに耐えず死にゆく水晶の夜
言葉の影に隠された
きみの心はぼくと光より遠くただある

知る術が一個の懐中時計では
錯覚しても無理はない
積み重なることは無いのだから
どう思案しても六十を超えない

寄せて引く波の後にだって
同じ礫は二つと現れはしないのに
日照の移ろいを喜べるのは
また巡ることに賭けるからか

結ばれ方が分からない
こいつを生かしておけない
思うことはそれだけなのに
悲愴や絶望とは無縁であっても
計十二本指の奏でる音色が
ぼくをどうにか世界と繋いでおきたがり
何の利にもならないものでこの星は潤い続ける





「飛ぶ手紙」

夢想家の午後
足したミルクは味でなく模様のため
中心へ向かう弧が眩暈を誘うよ

この星の重力
あの星の引力
天文学の嘘と本当
爆破されたプラネタリウム

本物を奪い
なぜ偽物を作ったか
ではなく
発想が逆なんだ
作れることを覚えて
本物を壊してみたくなるんだ

桃色の風
破片は南へ向かうよ
硝子のような瞳を潰しに
東から西へと
そして最後は
必ず北へ

文字は散るほどに飛んでいけ
海原への落下を怯むな
大空へ拉致されるのも

羽は生えてる
ずっと生えていたさ

誰も知らないわけじゃない
いつか感じて
言葉は何も伝えられないこと
夜に出現する星が
地上の光を配慮しないように
この想いは言葉を憚らないことを

今朝この手を発った
懐中時計よりかは不正確な紙面の未来が
君に届かない手紙だったとしても
それ自体は僕の絶望にならない
救われない平等をとうに知っているから
捧げる祈りだけはどうかいつも容易い文句であれ





誠実に人であろうとして
僕の舌はしばしば足らなかった

菫色の雨粒が粘膜を穿ち
しるしを刻んでくれるのを待つだけ

名前も記号も確かではない
見るもの口にするもの
どれ一つとして人は満足に所有できない





知らなければよかった
あの白い花を探すとき
黒目の縁が微かに揺れて
向き合う視線にそのとき与えられる名前
微動を感じて初めて
信じることのできる存在のその名前を

聖性はいつもけがされる
同じ言葉の繰り返しで
あるいは主に称賛によって

貶めようとするものの中をくぐる間
ぼくの軌跡はどんな星より早く青く、ただただ眩しかった

植物めいた深い眠りのように暗い目をした
生き物のいない水底みたいに澄み渡った
誰もこの指が何本あるか分からない
目の形も唇が象る音声の意味も何ひとつ

それでいて存在を認めて

満ちて欠けてまた満ちる星を
たった一個の演技だなんて誰も思わないで

方位を間違えず姿を見せては消していく
あの星の作り出す夕焼けを
誰も完璧に覚えきってしまわないでいて





光のふりをして
夜のふりをして
風のふりをして
人のふりをして

敵のふりをして
味方のふりをして
ひとりぽっちのふりをして
群れの中にまぎれこんで

殺人者のふりをして
欺きの傷をつくろうとして
ナイフから盗んで
切れ味を試して

背中につける
骨格を辿る
ただし深くなく
冬の薄氷よりうっすらと

そして野を越え山を越え
軌跡のように血筋を残し
雨粒のように命はただめぐり
やがて辿り着くのなんて怖いよ
捕まえて引き留めて
ぼくを愛するおまえが怖いよ





綺麗なものは安心させる
醜さは意義になりうる

視界を歪めて落ち着こうなど
小心者に到底不可能だったのだ

芝生に寝転んで手を伸ばしたら
空も太陽も簡単に手に入った

だけど彼らはぼくを要らないと
その他だって要らないんだと
平等を示すため今日もただそこにあった





ミントグリーンの帽子を斜めにかぶって
自称大魔法使いが詩を朗読するみたいに助言する

世界の終わりを知らなきゃいけない
広さも
それを知ることによる不自由さも

どうしてそんなことが必要になるのさ?

ぼくは
ぼくはね、

ティーカップが割れる音がして朝が来る
話の続きはまた今夜、今夜

異国からやってきた大時計がぼんぼん時を告げる
数を知らないぼくは光の量で時刻を知る

とてもいい朝にパン屑を小鳥の背中に散らす
黒と灰の毛色をした猫があともう少しで人語を喋る
やさしい叔母さんが垣根越しに見える
こめかみにあてた人差し指をくるくると回す
ぼくと目が合い照れくさそうに笑う
だからぼくも笑い返す

そんなところだ
そんなところだよいけないのは

ミントグリーンの帽子を斜めにかぶって
女物のドレスをああでもないこうでもないと
今夜クローゼットから登場した大魔法使い

見えるようにしてやる
凌げるようにしてやる
欲しいだろう
指先一つで太陽を消せる力さ

だけどぼくは頷かない
願いのかなう世界なんてきっときっと味気ない
あときみの帽子よく似合ってる、ぼく好きだよ

それ以来大魔法使いは何も言わない
他の子と違って煙突や花瓶からやってくるけれど
今じゃぼくのいちばんの話し相手だ





何も届かない
地平線か水平線かもわからない
銀河にこぼれる涙の筋
狭い場所になだれこむ光

この体は健やかで
空は晴れて
それなのに
それだから
どこへも行けないと知った

絶望は模倣される
平和のために破壊される
祈る手
切る手
右と左でからだは一つで

逃げたいよ
掴まるまでは
行きたいよ
削がれるまでは

あの太陽は一旦ばらされ河に流れる
そして海原からまたのぼっていくよ
優しい世界に忘却より無力を伝えて

銃声止まない朝と夜
祈るよりは願うほうがまともで
どうせ行けない場所などない
だったらぼくらどこへも行かない





「フルフルムーン」

嘘をついて
嘘をついたと告白して
その嘘を分かってなお
嘘のままでいいと云った
口の端が切れている
きみのを舐めたげたい
満月がとろけて形を変える
世界は黄金色で充満する
欠けながら届いていく
空の下の上に立つ
嫌いにならなきゃ
好きにだってなれない
嫌いになりたい
なれたら
なるように
ずっと遊び道具だった
言葉がただそこにあって
居残ると憚りもせず
ぼくはもうどこかへ行けない気がした
帰る場所のために旅立つなんてへんだ
やっぱりおかしい
捨てられるかどうか確かめたいだけ
今だってそう
ぼくらっていつもそう
答の出ない問いだってあるね
それでようやく安らかだった
夜空にはもとどおりの満月