こんな水槽で溺れちゃうなんて
溺れたくらいで死んじゃうなんて

脆くてかわいかった
長いまつげと白いまだら

もう一度産みたいということね
愛とは





フィナーレが鳴り響く
それもどこか遠いところで

ここは真冬のプール?
それとも卵の殻の中

条件の無い愛は
舌が代償でも得られない

穿たれた右目の不安な誘導で
ぼくが足場を失うことを期待する親友たち

いっそ落ちてあげれれば
少しはましな演目になるのか

フィナーレが鳴り響く
それはそれは遠いところ

明日にはもう聞こえてこない
今日もどこかで前夜祭が終わったのだ





いまどこ
星が斜めに降る町
破壊された図書館
確かな椅子の位置
きみの左の手ぶくろ





戦場からの帰途
目が誤る
光の移動を影の移動と
生き物の存在に

仮定か予感か
不確かな重大事
それは仮定か、予感か

生まれたものは必ず老いていく
そして巡りもしない
何も踏まえず前提も持たず

ただ事実
生首の遺言
戦場からの帰途
果たされない血の愛
因果と応報
記憶の羅列
失態と周知
あらゆる人情を模倣し
懐かしがらせ
遠い故郷を引き寄せて
宇宙へ飛ばす放物線

生き物か生きていた物か
生きようとした物か生きてさえいない物か

戦場の跡地
荒れていることを幸いと
熱病が流行り死骸に種子が根を張ってゆく





「銀世界望郷」

秘密だけふえていく
去年の降雪を思わせながら

だれにも云わないので
ぼくもだれも癒えない

世界から何も消えない
死でもって救われない

どこへ行くにも足跡を残せない
名前どころじゃない

あの雪はどこへ何をさらったんだろう

この記憶のシーンが途切れたら
誰が何を明日まで知っていられるんだ

銀の雪
金の太陽
青空にさわったと思った
指先が触れている地面の冷水
溶けた銀世界の名残と望郷





「幽閉の記録」

いま自分が必死にしがみつこうとしているものが
たったひとつのしあわせの在り方だなんて思っちゃいない

朽ち果てるよりはるかに積極的に
窓にだけ映る生き物を醜悪に変えてゆくものの正体

どの網膜にもぼくは映されないんだよ
この世界にいったいいくつの視界があっても





「平和と罰」

唯一じゃない存在を夜に投影する
悠久の時を超えるプラネタリウム

それはレプリカの残骸
くじけてしまった模写の証

はなれてった指先と指先
一度たしかに絡まってから

ぼくを殺したのがきみなら良かった
きみが殺したのがぼくなら良かった
そしたら世界は
そしたら世界は
ぼくがいてきみがいないとか
きみがいてぼくがいないとか
そんな不都合を起こさなかったのにね

どこにもなんにも届かないとき
願いのひとつもかなわないとき
初めてひとはぼくにとって貴く
じかに触れたい欲求が募っても
いまさら影など見当たらない

あんなにも望んでいたはずの終戦の夜
プラネタリウムはもうずっと止まっていたのだ

空は星でいっぱいだった





うつむくな
きみは美しい
集合した数十億より
はるかにずっと
ずっと
いつだって
いつまでだって
ぼくの中で
破壊されそうに
虚ろにうつろっていて
不意の訪問客や
異種の到来に
蔑まれて
貶められたとしても
その血が絶えそうな時
雑種の子孫に未来を託しても
恥じらいはいつも多数の傍にある
彼らに身体を滅ぼすことはできるが
ぼくの中のきみは消せない





飽きて厭になるのを待つしかない。好きになるものや嫌いになるものは結局その人には選べない。睡眠足りて目が覚めるように、緑満ちて枯葉が落ちるように、この魔の手のようないくつかの罠のようなこの場から逃げ出す可能性はいったい自分にあるんだろうか。ぼくはこれを一生好きかもしれない。世界はそれに価値を与えないかもしれない。ぼくらは一致しえないかもしれない。だとしても誰にもそれをどうしようもない。カーニバルのヴェネツィアみたいに仮面をつけて過ごせはしないし閉ざされるのは視界でなくて意識でなくちゃ意味がない。そんなことを思いながら夜が明けて、拾った犬はまだ死なずぼくの隣で傷ついた前脚を舐めている。一晩中、そんなことをしていたのか。ぼくは言葉によらず語りかける。血の味をもう覚えてしまったろう。犬は不思議そうにぼくを見上げるが、それはこの悧巧な犬がぼくの様子を真似ているだけであって、彼はきっと何もかも知ったうえでここにいたのだろう。血の味、ね。そんなものひとばんじゅうなめなくたっておれ知っていた。だって、だって、いつだって食べてきたんだもの。パリで。ベルリンで。名前は忘れた、凍った硬い街で。そうだった、おまえはずっとそうだったな。ぼくは撫でる。物知りな怪物。命を司る尊い巨躯。名前を知っていた気がする。おまえがぼくに拾われたかのようにしてぼくの部屋にいっしょにいる理由も。そんならこれが最後の夜明けだ。美しさは現実と関係がないのだな。これきりだと思うとなんら問題なく輝くばかりだ。犬はぼくを一瞬にたいらげる。彼の血肉という居場所を得た究極の安堵に、幼少時代から一日と絶えなかったぼくの長い不眠症はようやく人知れず終わりを告げた。/「犬」10 sep 2011





救いえなかった
その言葉は人が使うのよりもっと厳格だ
起こさなかった行為は
つまり仮定の反復は
往復する鞭のようにだけど音は失せて静かに
背中の見えない場所に裂傷をつくり続ける

あの色水は
あの器は
再現のしようがない
色水を
器を
無限につくることができたとしても
あれは駄目だ
あれはもう行方知れず溶けてしまった

きみという物質も
消えて残像になったら
届かない幻に姿を変えて
ぼくという一瞬に永遠と宿るだろう

泣くことも遠く
感情はいま異国の地で
旅人のように佇んで瞬きを惜しむ
考えることは外国語のように意味が不明で心地よくさえある

水でなく空が色を再現する
陶磁でなく世界が黄金を比率する
幸か不幸かぼくはそれを目の当たりにする
包まれていられたらこの体を死なせても悪くないさと感じる

それくらいに満ちている
命も亡骸もその記憶も一つだって漏らすことなく
ちっぽけなことだ
哀しくなるほど平等な小ささだ

オーロラかかる北の空
あの夏の日ひるがえっていたスカートの色を思い出せない
太陽も月も名も知らない星も
いつか誰かの中にいくつもあったもしかするとぼくにだって

再生と反復
往復する折檻のような夜明け
同じ夕暮れを無き笑って過ごし
人はいったい何なのだろう
射す光を拒めない人という人
地に臥せ地に立つぼくを含める数十億の

ぼくを知るきみのいない世界は
ぼくのこともきみのことも知らない世界にとっても
そしてそこに消えて生じるあらゆる人に
それでも琥珀のように輝いてやまないのだ





「亡国」

知ることは足しにならなかった
むしろ何かを常に略奪していった
誰からも追跡を受けたくないのに

軽快を求めて落とした肩口から
血潮がたらたらと行方示しちまうよ

百年後には水底にあるだろう路地も
半月の明るい今夜は何も隠しちゃくれない
遠く船の汽笛か犬の咆哮もしくは人の子の

異国から持ち込まれた尖塔が星空にそびえ
ああそれにさえ神様を認めるじゃないか

一体だれがとめられよう
そしてだれがとがめられよう?

歩幅を狭めなければ踏んづけられずにいられた
たくさんの約束をもう守れないと予め裏切ってしまう
今ここにいたらきっと罵るだろう瞳はいまだ無知で
明日になればきっと瞼の裏っかわで濡れてしまう
不思議でもなんでもないおれのこの行いのために





やめなよ
沈んだ夕陽を嘆くのは

明日にはもう違う星だって泣いて
だからそれがどうしたのさって

救世主になりたいという
祈りと懺悔を口走る口

きいて
もう全部むりやり教える

あなたにとっての生きづらさが
誰かにはずっと確かに光だった

不変の夜と次の明星を繋ぎとめておける
この世界で唯一の確かな手がかりとして