「病床の恋」

孤独なときは寄り添って
肋骨の形が分かると
掌で圧して皮膚を動かした

わざとなんだ、無論
引き攣れる火傷のあとが光る
ぼくはそれを美しいと云える

慰めるためなんかじゃない
ずっと云えたのだ
それくらいをぼくは
きみが醜くなかったころから
きみがいつまでも美しいかに思えたころから

あえて云い換えればそれは
きみが仲間たちといっしょになって
ぼくを嘲笑していた若葉の時代だ
それくらいに昔のころから、ずっとずっとだ





「平和なんかいらない」

らくだ色のベレー帽と二十四色の色鉛筆
平和なんかいらない

みどり色の屋根から落ちるましろい雪
平和なんかいらない

合唱する歌声が煙突の上を流れてゆく
平和なんかいらない

ひみつの暗号を送りあう前の席のふたり
いらない

いらない
ぼくの決められた時間の中に平和なんかいらない





くちなしの谷をきみとゆく
空は高く晴れ渡り
谷の底から眺めていると
長いナイフの夜みたいだ
闇につけたひっかき傷みたいだ、空は

リュックの底でチタンが鳴る
科学の本それから
賞味期限が三年先の猫缶
後ろをついてきていた猫は
双子の兄弟は
もうとっくに影も無いが

学校での記憶を交互に話す
話すうちにそれはでたらめになっていって
作り話になっていって
ぼくの知らないきみになって
きみの知らないぼくになって
何を知っていたのかわからなくなる
何も知らなかったとはまだ云えないでいる

くちなしの谷をゆく
くちなしの谷をきみとゆく
くちなしの谷をぼくときみとがゆく

それはまるで幻みたいで
それはまるで嘘みたいで
ぼくは何かを信じたくて
ぼくは疑うことだけ忘れたくて
きみの頭を抱え直した
生きていないものはこんなにも重たい





ジーン
きみはこの船に乗れない
赤い花畑を捨てて
あの国へ一緒に行けない

ジーン
きみはこの匙で食べられない
薬缶が音を立てている
早く火からおろしてやらなきゃ

ジーン
その手でこの手にふれてはならない
もっとやわらかな肌に
たくさんの時間を与えなきゃいけない

ジーン
もうぼくを呼んではいけない
二度と見つめてもいけない
思い出してもあるいは
忘れようと必死になってもいけない

赤い花畑
爆撃機
赤い爆撃機
花畑

惨劇の広場もいつか廃墟となって
この瞬間のために流される涙もあろうよ

ジーン
きみはずっと昔に戻らなきゃ
ジーン
きみはぼくの名前も知らなかった
ジーン
きみはきみの名前がどう発音されるかも知らなかった

赤い花畑はまだ真っ白い
雪が積もったように膨らんだそれらの正体は蕾だった
かけがえのないものはどこにも見当たらない
すべてが何かの代理になれてた
潤いに満ちた安心の世界
はらわたを守る必要のない世界
あのころに戻れよ
繋いだこの手を切ってでも
そしてひとりで駆け抜けてゆけ
ぼくを訊ねる人物にはみな知らないと答えてどこまでもゆけ
たったひとりで、ゆけ
なあ、ジーン





それに追われてはいけない
食べられてはもっともいけない
両眼を亡くした神童の夕暮れ
枕に染みた夕陽は翌日の朝陽にも消えない





「留学生」

何を想像して何を期待する
白い紙を前に僕は考える
インクに濡らしたペン先がもう乾いて
窓の外は暑くなったり寒くなったりを繰り返した三百と六十五日

まるで幸福がそれだといわんばかりに輪の世界が
いまにぎる右の手も左手も話したくないと結束を高めて
そこに居場所のない僕を羨望にまみれさせようとするが
もしそれができるんなら僕のお腹は今こんなにも空かない

花瓶に挿した名前も無い植物のつぼみがやや柔くなりかけて
金具の緩んだドアも猫の爪先ほど微かに開き異国を香らせる
耳慣れない言語は理解しようとしなければ春の眠気のように心地が良い
そんな印象を抱いていながら階下からなり始めた靴音で僕の心は嬉しい





「マイアンフェバリットシングス」

虫の脚
蝶の胴体
シマウマの模様

新しいシャツ
こいのぼりの目
青空が背景で尚更

人間の涙
人間の笑顔
無表情のほうがうれしい

銀河
絨毯に散った粉ミルク
駆け寄ってこない猫

順序あるもの
正しいもの
うつくしいもの
続いていくもの
輪っか
宝石


隣室の住人の香水
そして
あなたは横顔ばかり





暮れていく一日のなかを
おとこがひとり
歩いていく

ホチキスの針みたいな
歩道橋のうえを
わき目もふらず
でも焦点は覚束ないまま

人はかれを許していたが
かれはおとこを許せなかった
かれ自身を

金属バットを引きずって
救済の使命に燃えている

夜が落ちても
橋が落ちても
おとこを立ち止まらせることはできない
意識は表面張力に似ていた

記憶はやさしい
思い出は裏切らない
子どもがおとこを追い越していく
おとこの年齢をいくつか奪って

唇がかわいている
瞳はかがやいている
復讐の相手を必要としている
おとこは
おとこの髪はきれいな琥珀だ





食べるからひとつにならない
食べて捨てるからひとつになる
さよならの要らない出会いはない
美しくない泣き顔は無かった
ぼくの見知った彼らの中で

高架線がどこまでも続く
人工でしか語れない美学を秘めて
真夜中より真昼の空みたいに
だって明るいほうが光をたくさん隠せる
この星ではいま生きているより
死んでもういないものの数が多い

触れれば体に回るという毒も
見つめれば失明するという瞳も
継続の根拠にはならない
一度貶した暗闇のために
きみとぼくは今日も泣く