忘れることでそれになってゆける
捨てた果物がきみになったように
世界はいつもぼくとひとつになりたがる
ぼくを取り戻したがる
消してしまいたがる
消すことで産みたがる
食べなければ死なせようとする
死なない以上は口に含ませようとする
黒猫が寝ている
欲情のままきみを齧れとそいつはたまに指図する





俯瞰することに慣れた男の冷たい目
分度器のように正確な角度で掲げられる手
その手がたずさえる書物を叩き落とす
割れますようにって
ここが水槽でも男の抱える世界でも
だってこうでもしなきゃ話聞いてくれないじゃないか
男はぼくを不思議そうに見上げる
風でひらいた本のページに雪が降る
いつまでもそして降り続けるこの青い絨毯の部屋に





「夕方、屋上で」

人間がぶち壊されていく
濡れた段ボールやピザの食べ残しみたいに
修理の難しい機械が時間をかけて壊されていく
破壊者は恍惚として祈りを囁いている狂っている
一人の人間をぶち壊していくことは尊いと笑って
僕はそれを傍観している
屋上のフェンスに腰を掛けて時折瞬きを思い出したようにして
割れた眼鏡の破片が頬に刺さる
だけどお前は何も云わないでいる
暴力を助長するものが沈黙だと知らないでいる
晴れたこめかみは舐めたらきっと甘酸っぱいんだろ
懐かしい家の懐かしい台所の懐かしいパイ
僕はそれが好きだった
僕はそれがほんとうに大好きだった
だからぼくは祈りを知る者のほうに暴力はやめろという
だけどおまえはぶち壊されていくことを中断されて舌打ちをする





「あたらしい眠り姫」

この蓋を閉めるの
信じたものが信じられなくなる直前に
真綿を敷き詰めるの
見知らぬ誰かの新しい傷でまた目を覚ませますようにって





「第三者」

怯えてたいよ
いつだって暗い場所から
目をこらしてたいよ
世界を盗み見るよにして

夢現実の区別もつけられず
西や東の方角さえわからず

震えてたいよ
美しいか醜いかわからないまま
ずっと焦がれてたいよ
もしかしたら素晴らしいかもだなんて

とどかないもどかしさに
不平不満だって流しながら





「革命の傷」

迷う暇なんかを爆弾に変えて
血を見たってナイフだっていい
この国が亡びる前に痕跡をのこすんだ

かけがえのないもの
それが何であったか
銀色に弾かれる赤を見て気づくんだ
巧妙に隠蔽された真実があったんだ

通りすがりの憲兵が
ポケットに何か忍ばせる
それはまるで誰かの骨のような
それはたとえばぼくの薬指のような何か

裏切るという絆
約束を守らないという約束

少し経って振り返れば憲兵の歩き方は
昔ぼくに読み書きを教えたひとに似ていた
瞳の色だけ覚えていて名前はもう
思い出せないままなんだけど





遠くなる朝
永遠の昨日
教えて
あげられればよかった

きみもいとしい
だれかにとっての
たとえば
ぼくにとって
のいとしいひと
であったことを、とか

暗闇に流れる音楽
存在を補うような
一筋の光や
一滴の血
でさえ あったことを、とか

永遠になる明日
遠くなる夜
まだ弔わない
またぼくは勘違いをしている

月よ今夜だけもう一周
太陽よ今朝だけあと一周
ぼくらを飛ばして
ぼくらの今をしらんふりして

遠ざかる夜
遠ざかる朝
逃げ切れることはない
神様は死んだ





「ウィークエンド・エンド」

きみを好きだって言葉が似合わない唇に橙の果実をのせて
かじってみれば目に見えない飛沫が風にのって宇宙へゆくよ
受け止めるもののいない空よりもっと奥へゆく

深い海の底でぼくらいつまでもふたりでいようね
ばかな恋人たちみたいに溶け合って
ひとつになんかなってしまわないでいようね

文明の発達と人類の進化に似た退化
このままでは亡びるよと科学者が云って
誰もがきっとそうだろうと思ったし感じたんだ
だけど泣いたり怒らなかったよ
知らないうちにずっと望んでいたんだ

電気を失った都市と都市は
自分達で輝けないかわりに星を知る
その光は何代さかのぼっても知り得なかったことを

たくさんの発明
犠牲につぐ犠牲
皮膚を貫く針の痛みも
弾丸も
みな
朝陽の前までの夢
ほんのひととき
生きながら廃墟になっていく
すぐそばにありながら
もう遠いかなたになっていく
ほら
なっていくよ





あの日と今日とで何がどれだけ変わったんだろう
僕の言葉はいつも疑惑に満ちている割に
謎を解かれることを望んでいないように見える

デザートのもっともおいしいところを
不注意で落としてしまってきみはひどく拗ねる
同じ場所でもっと大事なものを落とした人もあった

いまは西暦何年の何月何日ですか
僕が訊ねる相手は拗ねているきみで正しいのだろうか





「ポラリス」

ことばが逃げる
息継ぎと称して
毒を吸う隙を奪うため

何が生かそうとするのか
そしてその根拠は
ぼくが死なない理由と等しいのか
これは誰の意思だろう

一粒の光に涙を流す
遠くて知りもしないのに
指がふれたこともないのに