「絶命図書館」

壁にはさまったたくさんの街と海と船と猫と飼い主たち
何も知らない間にたくさんのことが通り過ぎていった
知らないことは尊いとさみしそうに微笑んで
いずれぼくの母親を産むことになる少女の三つ編みが森の奥へ消える

瞼を腫らしながら目覚めたきみに
ぼくなんかが泣いていた理由を教えてあげたところで機嫌を損ねるだろう
正しいかどうかは涙を流し毒を排した澄んだ瞳にとって問題ではないのだ
開かれた硝子に膝小僧を押しつけながらいずれぼくの父親になる少年が居眠りをしている

遡って辿ればなんとすべてが立派な奇跡に見えてしまうことだろう
この液体には血球より無数の犠牲と怠惰と初恋がつまっていた

ぼくはそれが梯子からぽたぽたと落ちては床に溜まっていくのをただ見ている
壁にはさまったたくさんの木の実と弾薬と宝石と読解できない言葉たち
もしこの瞬間愛する人に救いを乞うことを恐れなければぼくは
いずれきみを産んだひとかも知れなかった





「新世紀」

浪費した一世紀を
あざむいたりはしないよ
宇宙へ行った
テレビ放送がはじまった
夢を語った
父が母に出会った
来たる一世紀を迎撃するよ
そうやって待ってなきゃ息も忘れる





「並木道」

風が積もったいちょうの葉を蹴って
散らし歩いたなら笑いが出てくる
だってこれ、いやに黄色いじゃないか

約束もしなかったのに
裏切られた気持ちになるのは
世界から除けられた者なふりをして
誰よりも内側から信じたからだ

誰もが大人になっていく
ぼくは一度もならず死んでいく
それが今からずっと先まで
見晴らせるようにして分かるんだ
あなたはこちらへ来られない

誰もが子どもでなくなっていく
ぼくは一度もなくならずいなくなっていく
吐く息が白くなるのはもう少し先だ
黄色い葉が全部消えて梢まで裸になったら分かる

手離して初めて自分のものになるということ
黄や緑や赤や
恥ずかしげもなく色を変えていくことを当然にしうる自然
人間としての生命は奇跡だったのか分からなくなる
見ず知らずの赤ん坊がぼくにだって手を伸ばすような世界だ
捨てられたことを哀しいことだと教えられない前はこんなにも笑える、のに

ぼくは生まれて一度も美しくあったことがなかったから
あなたの気持ちはたいして分かってあげられない
ぼくは生まれて一度も美しくありたいと願わなかった日がなかったから
だからこの体をこの世界に存在する他のと分け隔てなく覆い隠そうと降り積もる黄金色がいまぼくを飲み込んでしまったっていい
たまたま見ていた誰かがそれを不幸だと笑ったっていいんだ





愛せるひとは自分だけ
自分をだから
ぼくを構成する成分を
その由来を
すべて嫌った





完璧は実現されてはならない
鏡の奥に扉が見える
白い毛玉がその向こうへ消えていく
ぼくは決断せねばならない
ついていくのか
無視をするのか
若さはいつも無茶を選ぶ
嫌なら老人を選べばいい
轍のついた道を選ぶことへの妄想と拒絶
やわらかい手をしてるくせにやたら何か握りたがる
そしてそれは自分と同じようにやわらかくあってはいけないと
信じているんだもっと硬くてたとえばそれは切り開けるような
武装するのは自分の弱さを分かっているからだよだってやらなきゃやられるんだもの
部屋に帰って床を見下ろす
たくさんの衣類に埋もれて同居人のくるぶしが覗いている
生きているのか死んでいるのか確かめられなくて煙草に火をつける
息を吹き込まなければならないのなんてそんなとこじゃないのに





「アトリエ20111204号室」

習作
他愛も無い羅列の習作
意味を見い出すのはあなただ
あなたでしかない

垂れ流すだけの意識でなけりゃ
どうして狂いじみて続けられるだろう
今日沈んだ星が明日ものぼるなんてのんきに信じてられるだろう
(あるいは、信じないでられるだろう)

恐いものがない者にはかなわない
到底それは確かなことつまり絶対ってことだ
あなたはぼくをきらいでないという
正体も分からないくせにそうだといってのける

ぼくはあなたのような生き物がおそろしい
あのひ世界を覆った黒と鉄の雲よりもずっと
だからぼくは生きていられると思う
おそろしいが
確かにあなたはおそろがしいがぼくを消さない
あのひ以来ずっと晴れないあの雲の下で今夜も死なないぼくたちを消さない





河原で水と砂をすくう
その中に何か落とした気がする
いつだったか
骨だったか
宝石だったか
それともほかの
思い出せないんだ何であったか

裸足で歩いては怪我をするような
あるいは
踏み潰して砕いてしまうような
危険で大切で
粗野で稀覯な
手につかめないものであるような
何度ふれても壊れないでいてくれるものであるような

そんなものを捜していた
探していた
さがして
いた、

ふりをした
何も持たずに
何も信じずに
裏切られることも無く
追うように追われて
誰の体にも触れず
君の肌も思い出せない
そんな人間であるだけの自分を僕だと知って





振り返れば消える
記憶のその性質を
いったいどれだけが
正しく理解しているんだろう

語れる言葉は数少ない
群衆は絶えなくとも
愛国心に委ねれば容易い
陽光は燦然と輝き
できあがった影は牛の目のように深い





「ぼくをね」

消えるんじゃなくて向こうへいく夕陽みたいに
どんなかなしくても食事がのどを通るみたいに
きみは知らないみたいだから教えてあげるよ
みんなみんな百年たてばわすれちゃうんだよ





「よふかし」

真夜中がきて
心臓がうるさい

内側から皮膚をひきずって
ぼくを徘徊者にしてしまうよ

同じものに宿ることを夢見てる
心無いきみに伸びる手が

きのうもまた
こんやもまた

寝息が嘘をついている
真剣のぼくを冗談と笑って

夜がふけていく
夜があけていく
朝がふけていく
そしたらまた夜をむかえにいく。