「別れ」

正体を隠した語尾
やりそこなった徹頭徹尾
雨ににじむテールライト
犬でなくなったものをぼくはもう要らない





「荒野を行く」

いつ敷かれた線路とも知れない線路
先の大戦でできあがった荒野を行く

何かを模した尖塔に
一羽の鳩が引っかかり
白い羽毛が後方へ散る
風に吹かれてまだ生きているように見える
二枚の翼は揃ったままで
呼吸するみたいに胸をふくらませている

北西と南東にそれぞれ白む空が
昼夜を取り合って世界をいつも薄く曇らせる
晴れなかった日の記憶を呼び起こさせる
ただしそれが自分の体験に基づくものなのかどうか
確認のとれる相手は今はもうこの惑星にいない

生きているものをさがすとき
生きているぼくを証明するものは何も何もない

広い荒野は地平線しか示さない
標識の名残はあてにならず汽車はどこまでも走ろうとする
線路の先を知らない汽笛
尖塔にもつれた亡骸はやがてほどけ
突如吹いた強風にまるで息を吹き返したみたいに羽ばたいた





美しくなりたくなんかない
負でありたい
栄光なら捨てて
それはだってぼくを腐らせるのだもの
引け目を覚えて
いつも何か不足していなければ
飢えて
妬んで
思い通りになることなんかなくて
手に入りそうなものから遠ざかって
幸福を拒み続けて
ぼくはやっと
ぼくでいられる
今日もきっと
明日のために眠られる





「カラットがいっぱい」

きみにとってのらくがきは
橙の毛糸でするあやとりに見える
指のあいだを指がくぐって
心配しなくてももつれたわけじゃない
形は残らないけれど
たしかに生まれては消えている
ダイヤモンドから世界が見える
十本の指はそれぞれの役割を担う
何も後に残らないけど
ぼくはうれしい
足元の影が美しいから
きみがそれをぼくに見せてくれるから
だからさみしくないでいてうれしい
だからかなしくないでいてうれしい
瞬きをしないあいだに
あっというあいだに
また一つの輪にもどして
傷だらけの手首からそれをたらして
きみが首をかしいで笑う
おしまいって
ありがとうね





蒸留されて空は離れる
朝目覚めて何も残らなかったのはそのせいだ
夢はいつも遠く駆け昇って夜から光を放つ
何者にもなれないかもしれない僕らを残して

誰にも描ききれなかった何かが残っているんだとして
それに出会えるだけの幸運を僕らはまだ持っているんだろうか
世界を限りあるものとしてしか見られない僕らは
壊れていくものの中に哀愁の美を見い出すしかないんじゃないだろうか

それはまるで触れる口実のために傷をつけるような
気にかけるいいわけのたまに致命的な罠を張るような
まわりくどくて切実な思いのかけらの集合体を象っている

羨ましい部分はすべて彼方に押しやって
それでも前へ進むには波の力を借りるしかなかった
脚力だけで生きていけると錯覚するに僕らはあまりにものを知り過ぎた
捨てようにも体温のうつってしまったものはもう置いてなんかいけない

たとえば季節が巡ることもなければ直線だと信じていられただろうか
懐かしさはあだとなって僕らのゆく手を阻むこともあるというのに
同じ時間を与えられても馴染んでいけないものたちが離脱する
思い出に残れないのだとして土にかえることをただ望んだとしても
僕らの親愛なる彼らは歌う、僕らを埋められる森なんかもうどこにもないって





きみは躊躇わない
好きなものを好きである自分を
視線をいつも伏せてた
ぼくはきみが通るときにはいつだって

インクの染みをすべてだと
思ってなんかいないのだと伝えたくて

逃げているんだ、
級友の揶揄に
認めたくないんだろう、
ぼくは切り返す

それからはもう
マジシャンの引っ張り出す万国旗みたいだ
次から次へと順番待ちの列がやまない

無菌室がお気に入りなんて潔癖なのさ
云うからぼくは指摘する
この場所が醜いのをあんたは認められないだけ
他にある美しい場所を知りたくないだけ
だってそれはとても怖いから

彼等は口を開けたまま瞬きを忘れる
鳩の出現に面した観客みたいに
まるで時がとまってしまった

瞼の代わりに本を伏せ
ぼくは立ち上がってどこへも行ける
ここから今からどこへでも行ける
三階の窓からきみがぼくに手を振る
春がぼくらにとどきそうだ





「青と冬」

粒子を並べてかなたへ
メッセージを送ろう
明滅する青色の正体は
何者にも知られてはいけない

いくつもの完成品を前に
こんな整ったものになれないと
時にはふて寝する夕方もある明け方もある
好きなものを好きだといえず
すれ違いはまた誰かを空から撃ち落とした

艶めかしい黒色の骨格
おちこぼれの影は飲み込まれた
そして名は忘れられた
ぼくはそれを閉じ込めたかっただけなんだ
装丁の繊細な本にして
五線譜の切れ端を栞がわりに使うんだ

書き留めなければ消えていく文字も
見開かなければ分からない光も
吐き出された悪意も
何色の瞳にも見つめられる宙も
みんなすべてこの世界が所有する
それは好き嫌いの限度を超える
汚れたガーゼを取り換えたげる

ずっとたしかなことが絶対にあって
あなたはそれを呪文みたいに繰り返す
膿を吸ったガーゼがポリ袋の底に落ちる音がする
永遠に損なわれた均整が追憶ごとに完璧を実現する
あなたはそれを呪文みたいに繰り返す
きみが、つまりこのぼくが拒みさえしなければ
何もかもが美しいと云える一日の終わりさえここにあったと
あなたの知りうる限りぼくが美しくない日は一日だってなかったと





生きているの
真っ赤なマトリョーシカの
なかに隠れて兵隊をやりすごした
大行進に紙ふぶきが舞う
歌が響いても笑う子どもはいない





「いつもこころに」

冷たい壁に耳を寄せ
向こうの世界を聞こうとする
流れている潮の存在
息吹く気配
花開く
破壊と生成の繰り返しの証明
そこにぼくを知る人はいるか
ぼくの知る誰かはいるか
灯台はともっているか
航路は確かか
灰色の染みた壁は嵐に吹かれても崩れ落ちない
青空はそんなことを咎めないし気にも留めない
いつか光を失っても
この温度から手を離さないで辿っていけば
切れ端に辿りつくこともあるんだろうか
虹の終わりみたいにほんとうは
そこになくたっていいんだと本当は思っているんだけれど
そこにぼくを知る人はいるか
ぼくの知っていたあなたはいるか
あなたはぼくを覚えているか
ぼくはあなたを覚えていられただろうか
そのどれにも応えなくて済むのなら
この壁に終わりなんかなくたってぼくは微笑みを忘れない





「悪魔の誘惑、天使の堕落」

いつわるなんて平気な悪魔
今夜きみをさらうよ
ふまじめなんて平気の天使
今夜きみを置いてけぼりにするよ





泣きたい。自分さえ救えない二人が、互いを救い合おうとしていた奇跡に。今夜あなたの夢にパレードが来るといい。もし叶わなくて四角い部屋のままだったとしても、いま手を握るのは、あなたの救いたかった獣です。