「愛のカウントダウン」

体が覚えていた
午前“三”時の線路上
愛がぼくたちを探していた

明け方の冷たい駅前
黒い巡査が目を光らせる
握り締めてた“二”枚の切符は
行き先だけが霞んで消えた

頭上を轟々と未来が走り去る
もう“一”日だけ後戻りしよう、
わがままな嘘吐きがぼくの肩に頭を預けてくる

弱気な体温を邪険にできない
頭上を轟々と未来が走り去る
ぼくたちふたりはもたもたしていて
“ついに今朝方、愛にみつかる”。





「小鳥宿舎」

積み上げられた古い本
ひびの入ったルーペ
机に伏す寝不足の子ども
その頬に影を落とす地球儀

ありとあらゆる命を謗って
出生の秘密をさぐって
てんで見えてこない点を呪って謎を厭い
厭いながらにして自ら謎めいた歌を唄う

 呼べばおいで、
 夜のとばり
 よく懐いた小鳥のように
 口笛のたったひとつで

すべての透明は鏡の化身
瞬きのあとで目を逸らす
曇る窓に映った自分の顔立ちから
汚れにさえ出くわさない美しいものから

切り刻んだ長い手紙
出生年につくられた図書カード
薄れてゆく記憶と慕情
逆には決して回らない長針と短針

 呼べばおいで、
 夜のとばり
 よく懐いた小鳥みたいに
 口笛のたったひとつで

雪積もった桟がすべて夢見と告げる
ふと覚醒する時刻に
輝かしい閃きなんか何一つ覚えなくても

分かっているよ
いつか肩にかけられた上着
その持ち主ならきっと
悪い夢だったねとただ笑うんだ

2007/01/06





「夢のまた夢」

子ども部屋に置いたりんごはりんごらしく腐るだけだから
ぼくが食べたことにしたら良いんです、して (して、犯人にして)

悪事に繋がることがなくたって密室の謎は美しいです
神様は今日も明日もあさっても何も云いません
誰も誰にも告げ口をしません

だからぼくは犯人になれません
いつまでも野放しで
非道な愛撫でも良いから触れて欲しくて
隣家から聞こえる折檻の音でさえ艶めかしく感じられ耳を澄ませ
危うくもない自分のひとりぼっちの心臓を乱暴に掻きむしってしまう

飽食に疲弊した様子を装いつつ本当は飢えて
昔一緒に住んでいた笑わない誰かのにおいのする
あたたかいタオルケットにくるまってやっと死ぬんです

19:56 2006/12/17





「バプティスマ」

ヨーグルトに滲む赤
きみがジャムだと云うから
ぼくは舐めておいしいと云う

薄着の天使が落書きをしていた
町はずれの工場跡地
白と赤で塗りたくられた壁が二面
世界の始まりと終焉だそうだ

幸福と不幸が溢れている
逃亡先は午前二時の礼拝堂
錆び付いた鍵は悪魔さえ拒まず
祈りを覚えないぼくのからだは
からだは、
いつでもすすんで餌食になる

夢を積まない夜汽車が走る
ぼくは異国を知らない
母親の名前を知らないように
純白のアムールを知らないように

道は溶ける
足跡のない草むらの中へ
ジャムは溶ける
同じ色した血潮へ
夜は溶ける
相容れない太陽へ
ぼくは溶ける
きみが信じなかったアムールの中へ

19:08 2006/12/09





「七年前」

あなたは誰のものでもない
ぼくは誰のものでもない
誰も誰のものでもない

不穏な喧嘩の常套句はいつも同じだった

秒針はまな板の上の包丁
刻まれた時間は二度と繋がらない
だけどぼくたちがそれを口に含んだ時
もう一度季節は香る

教室の床は照る
たまに見下ろす運動場は海浜みたいに白く

まだ誰のものでもない子どもたちが
優しげな大人に期待されながら
ひろげたノートの上に平和な落書きをしている

その時の紙からはみ出した線が机の端から更に逃げ
何十日も何百日もさまよい
頼りないか細い黒鉛筆の切れ端はある日ふと
卵の割り方が上手で
卵のほぐし方が下手くそな
ぼくの産まれる七年前に産まれていたあなたという人物を見つけ
幼いあなたが書きっぱなしにしていた動物のしっぽの
一本の毛に寄り添って
ぼくたちは今ごろ初めて
誰かのものになりそうだった

喧嘩はいやだけど仲直りはすきだよ

頬に頬が触れた
外では秋が冷たいけれど
あなたの触れたぼくは熱いでしょう、
ぼくの触れたあなたなら熱いよ

8:42 2006/10/24





「哀愁の黄金律」

腹の上で死んでいるよ、おや、哀れな虫だね。
お前の体のどこかに楽園を見たのだろう。

そう云ったあなたの摘み上げた死骸はとても小さく
ぼくはそれが虫であると確信できない

あなたの指にはクリームが残っていて
それがぼくは欲しかった
皿にのった完璧なミルフィーユよりもずっと

壊れないものとはすでに壊れたもののことだろう
汚れないものとは一度も綺麗だったことのないもの
だからぼくは新品を口にできない
真新しいものなんて恐ろしい限りだよ
だから、破壊者であるあなたの身体に残った残滓だけを欲しい

さっきの虫は何を目指したんだろう
ぼくたちは互いのどこに楽園なんか感じたんだろう
(楽園、なんて世界一くだらない嘘さ)

今に至って何が怖いんだ
壊れることも汚れることも今さらないのに
そんなに正常ではないのに
憂えてばかりでまだ病めずにいるあたり、ぼくが他人を拒めない最後の動機だ

壊れた生き物、汚れた生き物
正体だってそれだって全部分かっているくせに
夕闇の遅れを理由に、ぼくたちはまだ、寝台で戯れることを許されたがっているね

15:41 2006/10/21





「ふたつの夜」

その日、老いた鐘突きが消えた
街は一夜で子どもの手に落ちる
昼でもないのに十二度鳴るよ
ふざけた鐘が十二度鳴るよ

汚れた膝小僧を抱き寄せて
十二は良いね、とあなたが囁いた
三でも四でも割れるから

ぼくたちは二であり
正体は世界最小の素数である
現実を知り途方にくれながら
その寂寥に酔いしれてもいたのも事実さ

 もうこわくないよ
 誰かをあいすることが
 鏡の中を覗いたり
 自分の名前を呼ぶことが

それはただの暗示だったけど
夢み勝ちの青い脳から星は飛翔し
銀河への航路みたいだ

今夜はなんだか
あなたが無性にぼくに抱かれたがって
思わず猫に生まれ変わったあの夜に似ているね

23:46 2006/10/19





くる日もくる日も
見覚えないものの隣で目を覚ましたい
明日にはおまえなんか知らない





「おどろおどろしいおどり」

もうないのに
もう肉はないのに
心臓だけになっても
音符の多産を強いられる

crescendo
crescendo
crush-end
終わりは壊れた

ぼくは子どもへ帰れない
だけど大人にもならない
初恋、月はあの子の静脈の色

crush-end
crush-end
crush-end
ぼくはどこかへ帰りたい
だけどどこへも戻れない
終わりは壊れた。

060912





「糸電話」

うさぎ見たよ
耳のないやつ
ついさっき

ぼくいらないよ
秘密も
友だちも
すごい魔法も

でもときどきは
おしゃべりがいる
と思ったんだ

糸電話つくった

話しかけてね
ときどきは
のらうさぎが
相手をするかも

もしもし、
ぼくをすき?
ぼくがぼくをきらいでも

もしもし、
きみをすき
きみがきみをきらいでも

060908