「Sheep Keeper」

しあわせな歌しか歌えなくなった不しあわせな羊飼い
何かとてつもないものを忘れてしまった気がして
くすんだ眼を地平線に凝らしていると、

緑が北から黒く染まった!

鳥と虫が群れを成し向かってくる
地上を覆い尽くすものからだけど逃げもせず飲み込まれる
少年は、立つ
濁流のような生き物たちの逃走に逆らいもせず倣いもせず
浅瀬に突き立てられた細い銛のように

って

そんな夢を見ていた
彼は彼の限られた羊を数えながら
黄金色に実った収穫期にさえ唇を碌に動かせないまま
まだ迸る希望なんかに負けちまってなお気持ち良さそうにして
しあわせな歌しか歌えなくなった不しあわせな羊飼いの物語を





「からっぽだからだ」

温かいものに触れて
自分のからだの冷たさに驚く
それは絶対からっぽだからだ
見たくはなくて
見られたくもない
聞きたくはなくて
訊かれたくもないと云うような
これの手なんか握って
これの瞳なんか覗き込んで
そして肌になんか寄り添って
君はとんでもない阿呆だ
分かっているか
分かっていないだろうな
どんな救いだってこんなにも凌いで
百年の努力を一瞬で笑い飛ばして





「合意への憧憬」

一歩後ずさって距離をおいて
たしかめるため置き去りにする
絵筆を立てた画家のような恰好をごらん

太陽がどれだけ高く昇ろうと
黄緑色の若葉が萌えようと
あなたはそうやってぼくを置き去りにしてみた

問題がないと思ったら瓶を傾けて
香りの薄い液体を掌に垂らす
毒薬は窪みから窪みへと流れ美しい僕を僕の死に至らしめた





「滞納される贖罪」

虐げられた死神
稜線に象られた命
空の手が撫でて
代わりに血を流した
夕焼けに佇む僕ら
血だまりのど真ん中
繋いだ手を離さない、離せない
これが罰だと知らずに
寄り添っては囁いて
大人に存在を知られないよう
優しげにはにかんでばかりいる
やがて流血は濃度を増し頭上はぜんぶ夜になった





美しいとは何か
割られた鏡に映る空
いくつもの
わけてもわけてもなくならない
美しさについて考えない物事
余すところなく僕に触れていながら
僕でないすべての物事
醜さを怯えず恥じないすべての
僕にとってのあなたであり
あなたにとっての僕である





「幽霊と僕」

人の声はいけない
いつも気配を感じさせ
僕の孤独を台無しにする

だから毛糸で耳をふさいで
こわかった頃を思い出すんだ

新たな部屋へ続く扉
階段をあがった先の先
夜明けのあかりさえもぜんぶ

なつかしいものはすべてこわかった
たくさん首を振ったのに
僕はなんだか君の目に映ってしまうね
そしてまばたきを忘れさせてしまうね





「不時着」

灯台を目がけ
おんぼろの爆撃機が一機
群れから離れて
高度を静かに下げてきた
それはまるで墜落みたいだった
夜更かしの僕が親に訴える
いいえあれは全うしました
親より早くあなたは答えた





もう何も生み出せないのか
好奇心は出方を窺っている
人見知りな子どもみたいに
雲の向こうの太陽が
真夏の日照りに匹敵するみたいな目で

挫けやすい優しさを恥じるよう刷り込まれ
振り返らない無頓着を強さのように教わって
たくさんの正しさを見誤って
それでもただペンを握る手を離さないで

氷混じりの強い風が凪いだ
視力の弱い目にも鮮やかに
破れた帆は膜の再生をする
繊維同士が今からのために手を繋ぐ

もう何も残っていないのだろうか
探究心はしりぞき方を忘れさせる
深い傷を抱えた誰かだとしても
海の向こうの名も無い国に
まだ知らぬ僕をさがしにおいで





「ふと」

ほんとうに
ふと
すべてのひとに
ほんとうの親の
あったことを思い出す

雲のない青空
きらいだった
きれいだったから
待ってくれないから
格別だいきらいなものだった

椅子と机は破壊されるべきだった
誰かは死なされるべきだった
花は手折られてよかった
鍵のかかった箱は、箱は、
そうだな箱は
箱のまま放られて未明に輝くべきだった
誰が知るとも知れない明星みたいに
一瞬の余韻が後生にずっと尾を引いていればいい

願うだけで傷は痛んだ
いずれ癒えると思えばさらに
それは酷く
笑ってでもいるように傷はひどく痛んだ

今でも分からなくなる
今にも退化を始めそうになる
次から次へと
跳躍の指先
線路の溝に挟まった
幼い誰かの薬指





「芸術にならない」

特別なんかじゃない
誰もが知っていること
教えられるよりずっと昔から
知らないふりして持っているもの

留まるものに宿りはしない
感じることを許されただけ
絶対に消えはしない絶対に
たとえば上手に隠せたとしても

無能
無能
無能

春の斜陽
宛先から発されたメッセージ
隣にわだかまる気怠い微熱のように
そむいた僕らを黙って包み込むためのもの