「好奇と正気」

その時刻が来ると澄んだ瞳のあなたは云う
僕にはどうにも分からないのだ
あなたにいったい何が見えていて
必ず贖罪のように微笑むのかが
何度出会い直しても最後の一文字を間違える
それ以外は何も間違えたことのないあなたが





ギニョル、
誰でも同じことだよ
言い聞かせたのは誰
瞼を開いても閉じても不在
月は墜落して裏の川へ落ちた
狙撃したのは誰
あなた
それはあなた
僕は知っているの
ゼンマイを巻きに来た
指から香ったものを
いったい何を生かしたくて
いったい何をそうじゃないか
分かっているよ
兄弟は反発したろうね
だけど僕だけは分かっているよ
あなた足りなかったんだよね
夜が
闇が
ここにない者を思い出すための
真昼の影より深い黒が
色とりどりを奪われた末の
不安な手さぐりの持つ温かさが





いつか忘れてしまうね
その言葉を呪いみたいにして
いつまでも覚えているよ、私
だけどもう嘘かもしれないね
だってきみがかけたものは
いつか忘れてしまう呪いだったんだもの
正しいことは難しいね
難しいようにつくったひとがいるせいで
正しくあることはもっと難しいね
誰かのせいで泣かない人がひとりもいないようにだ





私が言葉を捨てたのでなく
言葉が私を見放すのだ
離れていったのはいつも
私の意思ではないほう
それを何とかこじつけて
眠れる夜を手に入れようとした

幸福になるということは
なぜ絶望を伴うのだろう
きみの姿がそこにあることは
同時になぜさみしいことなのだろう

化膿した切断面が
目の前をちらついている
それが癒えない間は
少なくともきみは人間なのだ、その間だけは

終えなければいけない
そう思うことを終えなければいけない
思い通りになることもあるかもしれないと云って
だけどすべて遡れない流れの中の出来事だろう
なだめすかして端を切り添える行為も
地面を蹴って旋回する優越の妄想も
祈りに似ない日は一度だってなかった





「道標少年」

模倣の礼を尽くして
僕はこの場所に立っている
風に吹かれ歩き出すこともなく
瞬きをしても眠ることはなく

億個の星と
ただ一個の月が
巡り巡る極点の空の下

誰かの手が空っぽの体を撫でていくが
それに対して返事をすることはない
彼等との距離は遠くなっていくが
隔てるものによっても視界は遮られない

ふいに手首のあたりから血が流れ落ちる
ぽたぽたと懐かしい音だ
それはいつか飼っていた小鳥のものだった
もう死んじゃったんじゃなかったの
殺される前にさ
それで僕を泣かせたきみだったよ
ちっとも可愛くなくて大好きだったよ
足元に散らばる柔らかな羽毛
いったいそれは何時からだろうね
粘着質が飛翔を拒んで辺りに留めている
なんだ、きみはいつもここに在ったの

美しくなることを望んだ人々への
これは僕からの模倣の礼
極点から放つ光
眩い場所ではもはや見えなくとも
生き抜くことを誓う人々への
これは僕からの模倣の礼
真昼の空を貫いて次の闇へ届け
僕が示す指先のかなたをまっすぐに貫け

乾いた唇は祈りだけ宿しながら
姿無きが望む場所へ達する想像に満たされる
湧き出る血のせいで完全に凍えてしまえない
散らばった羽毛じゃ心臓ひとつ包み切れない
地平線を掠めるように沈む星が闇を連れる
赤い血はどくどくと脈音を獲得する

(知らなかったことをいま僕は知ったよ)





待ってる
見離された
きみがぼろぼろで縋りついてくるのを

ぼくは澄ましてる
強がりが
涙に変わるときを待って

耳を
澄ましてる
絶対に大粒が床に落ちる

知らない
きみは
ぼくがこんなにも辛抱強いことを

知らなかった
でしょう
きみは

ぼくが
望んで手に入れなかったものなんて何ひとつないんだってこと





「kill me or not kill you」

がけっぷちのわからずや
ぼくは絶対にきみを狙撃しない
這いつくばって請われたとしても
だってこっちが滑稽じゃないか

ほとんど分身
影のような
最後から二番目の生き残り
みすみす消してひとりぼっちだなんて

隠れるみたいに生き延びようよ
ふたりを追いかけてくる何者かが
まだひしめいていたあの頃みたいに

壊滅しそこなった惑星の片隅
微かな呼吸をやめないでみよう
知ってる創世記を繰り返さなくてもいいから





「切断の夜に繋ぎとめるもの」

嘘でしょう?
鉄格子が囲うべくは
僕じゃなくてあの子であるべきだ
正答を答えるほうが偽物だ
北はどっち
南はどっち
海はまだ青くて
沈む陽が染め上げることもある? って

ねえ
その答え
文字は刻まれる
浮き上がって揺蕩う
だけど失踪しようにも
雨粒に叩き落され
また地面からの始まり
ひとびとの唇から出直しておいで

こんな世界で蔓が伸びあがる
生き残ったへんてこな種子
学名をもたない突然変異種
水の枯れた地で毒を吸って
誰もが怯えて
いっそ切り落としてしまおうよと誰かが云った
それは名案に思われた

決行は満月の夜
犬猫もその日を静かに待った
何かよくないことが起こる気がした
毒を吸った蔓を切るなんて
だけどそんなひそひそ話に構わず
伸び続けていた無数の腕は
身投げした少年を受け止める
白い足の裏が再び地面を踏んで彼は「やわらかい」と泣く

彼は僕らの遠い祖先

あの日に分かったことだ
僕ら誰一人まだ醜悪からの離脱を許されていないということ
この生は最初の大罪に対する贖罪の続きだ、死ぬな





安易に得られる快楽に伸ばした手をひっこめろ
話はそれからだ
・・・
さて、落ち着いた
では問おう、
きみの視神経その他は腐っているのか?
あれはとんでもない紛い物だった
きみは危ないところだった
・・・
ぼくは危ないところだった
きみはぼくのいないところで勝手に何かに包まれようとした
きみはぼくの与り知らぬ楽園をみつけてそこへ行ってしまうところだった
・・・
そしてもう二度と会えないかと思った
この世界が壊れてしまうところだった
危ないところだった
世界は宇宙に沈没してきみとぼくを喪失しかけた