「夜の虹」

星は遠くて実に良い
ここから遥かで実に良い
たまに面白い日もあるよ
到底信じがたいだろうが
ここにだってそんな日はあるよ

たとえば今日知り合ったあの子
こう云うんだ
夜の虹を見たって云うんだ
太陽もない場所で七色を見たって
顔に包帯したあの子
たぶん嘘吐きなあの子

ぼくはそのちょっと前嘔吐してきた
愛するひとが愛しているひとの
せっかくつくってくれた料理
ふたりはふたりで整っていて
ぼくはすることが無くて

戻る場所がない
体はもとより
心が迷子
包帯のあの子
眼球は潰されたって
犯人のことずっと
友達と思っていたって

ぼくは悪魔
睫毛を光らせる悪魔
あの子の怪我の事情を聞くと
この上なくやさしい気持ちになった

他人の痛みだけが
ぼくを人間にする
今日も待っている
願っている
きみよ深く傷ついて

産まれてただ死ぬこと、
焦がれるだけの日々、
若く惨めな犯行、
ショパン、
手のひら、
永遠に重ならなくても

古い光は億光年先を照らすよ
意味もなく
それも永遠に

いつまでも出会わないぼくたちを照らすよ
さよならも云わず、こんにちはも云わない
ただむっつりと押し黙って
かと思えばはにかみ合ってばかりいる

さみしく温かい生き物の影、壊れそうな幻
病んだ銀河を貫いて
ぼくがあの床に吐き出した料理
それさえ照らすよ、涙滲むほど美しく照らすよ

060901





ポケットからは遺品が
隠す間もなく転げ落ち

ついに光は亡くなった、亡くなった

しののめ、お前には教える

これ、これが死
死、これが生きた理由
理由、これが僕というやつの常に持ち歩いていた幸福なんだ





「証言」

ああ、色って重い
まるで病です

(何を呑んだのか)

青い巣でした、お医者さま

思うにあの巣は色の揺りかごでした
世界を織りなすかけがえのない糸でできた

なのにそれと気づかず呑みくだした僕は
本日付けで色づく運命にあった何かを
その繊維ごと駄目にしたことになります

しかし悪いことなどない
これまでだって何事もなかった

(どういう意味だ)

ですから僕がいま腹を裂き桃色した胃を突き破って
中から先ほどの糸らしきをつまみ出したところで

あるいは僕がいまあなたを裂き同じ胃を掌中に圧迫し
中から似たような幾本もの糸を発見したところで

もう誰も悲鳴を上げないだろう
ほら共犯者は皆そろって誤った食事を終えたんだ

人間なぞの医学は取るに足らないのです、共犯者さま
こんな飽食の後じゃあ

060713





「宇宙ノート」

宇宙を旅しているあいだ
ぼくはひとつの結論を見つけました
結論は無形じゃない
それは星だ
星とはつまり星形の石ころのことだ

(何てどうだっていいはなし!)

とにかくぼくは気づいたのです
そう、「気づいた」というのが最もふさわしい
だってそれは
ずっと前からここにあったのだから
ぼくが気づこうが気づかまいがお構いなしに
これからもここにあり続けたろうから

気づいたときにぼくは思うんです
信じる、
ということと
実際にそうである、
ということとは
必ずしも
同じじゃなくて良いのじゃないでしょうか

神さまや
友だちや
目に見えない何か
あの猫がぼくを今も変わらず好きだということや
思い出は褪せないということ

ぼくは思うんです
宇宙のかなたをさまよいながら
たったひとり
思ったんです
気づいたんです

だってぼくは今も信じているんです
神さまや
友だちや
目に見えないすべて
あの猫の片想いや
五月晴れの下、子どもの手を引く母の影

そうすると
世界中を見わたしても誰ひとりわるくない、って
不思議ですね
こんなにばらばらでめちゃくちゃな世界なのに
誰ひとりわるくないなんて

しあわせなかんちがいでしょうか
ほんとうにそうでしょうか
そう信じるならきっとそうでしょう

でもね
でもね

ここからは笑わないできいてくださいね
真剣なんです
ぼくはいつだって真剣だけど

どれも
これも

なみだがとまらないんです
嗚咽にさえ消え入ることのない
これが世界のうつくしさです





「平成と春」

(知ってる?志願者の瞼って、一様に薄いんだよ)

あの時頷いたけど君は分かっていた
僕がとっくに誰もころせなくなってる、って

さばく物を待ちくたびれて遂にこぼれる刃先
銀色の表面にくすんでいく所有者が映る
さばかれることに待ちくたびれて従順になる春
陽射しだけ神さまに許されてその若い頬を腐らす

望めばあと五十年をかけてゆっくり腐ることもできたのに
早朝の車道脇、貝殻みたく小さくなった頭蓋骨だけが君だなんてさ

花も散れ
雨も降れ

死神は五歳児の姿で至る所に佇んでいる
君に似た後ろ姿がいま角を曲がって行く

僕の手のひら二枚をのこして
ほら、もう新しい他人の顔で行く





「七千世界の昏睡」

黴だ
裾のない黒いマントに増えてくるね
要らない忘れ物なんだね
いいや星と夜さ、
つまりは空に星が光ったんだよ、
あなたは笑うがぼくは違うと思った

年の離れた幼子はきらきらと回る
悪魔じゃないけど引き裂きたい夜
もしももしもぼくが願いを行えば
二度とつながることがなくっても
二度とちぎれることもないのでしょう

凍土に額を擦りつけ
食べてきた物すべて吐く
還元で償えるはずもないけれど
ここに何か芽吹きますように

罪達し
棺は春へ持ち越され
七千世界できみが寝る
まだわからないかい
簡単なことだろう
泣けばいいんだよ
生きろって云ったんだ

10:46 2008/01/08





「夜町」

怯える手へ滑り込ませる
ランプがわりの水蜜桃
はっきりと照らし出せないで良いのさ
見えなくてもここにいるから

だらしない月食
一度腐った果実がもう一度腐る
歯のない露天商がビロードを広げ
あれも商売道具、と星をつまみ取った

産まれる前からこの土地は迷路
名は夜町
幸福の全体像を誰も知らない
ただ百年続く月食とただ千年続く日食
ここでは千以上を誰も知らなかった

だけど感じることがある、
笑われてもほんとうは千の先があって
かけらはかけらのまま千より輝いているってことを
きみの指がぼくの輪郭にふれるとき
いつか胸の傷をなぞるとき
きみは指の一本でぼくの全体にふれるじゃないか

(ああ、ほら、同じだ)

嘘がすべて本当になるよ
怒っても病んでもかけがえのないものになるよ
ラピス、ラビユ、ラズレ
口にしないでこの肌に綴って
そうしたら映すよ

命ってやつは死ぬまでは生きてるんだ
でも怖がらないんだ

遠く夜汽車
ご覧、あのすてきな二番車両に
今ぼくら並んで座ってるだろ
あたたかいね、
ほら、
みすぼらしくってつまみ取ることもできないさ
生まれ育った迷路の全体を遠く臨んで
ちっぽけな桃を一つ、一つ手のひらで齧り合ってる

8:42 2007/08/06





猫に食われる黄色い鳥よ
鳥を殺せる野良の猫よ
鍵なんかないんだと笑ってよ

棺になってる沈黙のストロベリ
箱を漏れ出すリキッドの夢
夢ならいつかは終わらなきゃ

真夏を迎えるリト・マイ・ルーム
笑ったことないスチュアート
南南東へはいばらの道って
垣き根の向こうで笑ってよ

17:41 2007/05/24





「るり色の秘密」

教えて
頬杖のつき方と
左手で文字を書く方法

教えて
あの色をつくるとき白は必要かどうかと
飛べないなりに羽を使うにはどうしたら

教えて
階段の陰にそっと忍んで
語らない冷たい唇

そうして二人静かに啄んでいる間
プールの水が澄んでいく
誰かが掃除をするんだね

そうしてただ静かに啄んでいると
太陽がふらふら昇る
月との駆け引きに疲れて
子供に云えない余韻を漂わせて

気づいて消えていった笑い声
駆けていく三つほどの足音
袖口から伸びた腕を五月が照らす

残されたぼくたち
名は魔物
今まさに呪い合っている
その秘密はまさしくるり色に輝く

だけどきみは忘れたろうな
何百年も
それは何百年も昔の話

きみとぼくは一つのさなぎだった
濡れた羽が乾くほんの少しの間だけ
珍しい双子のちょうちょでした

11:00 2007/05/11





「宝石箱」

曲目のないオルゴール
体温と寂しさ
明日なんか知らない

きみのか弱い眼差しが
魂の底まで見せつけた
誰の影も映っていなくて
ぼくはぼくの不在を知った

世界が見落としている
世界から逃げ出したふたりを
世界のあらゆる部分を
ぼくらが故意に見落としてきたように

きみの寝息
それは悪夢のさなかに響く
無色のともしび

足しても足しても愛がこぼれる
注いでも注いでも溢れ出る
血を分け合えば飽きを知らない
愚かな命の繰り返し

いつかなりたいもの
明日きみに捨てられるペット
耳のきこえない雑種

宝石箱では清潔すぎる
ここよりもっと深い暗闇の中で
ぼくはもう一度きみに会いたい

070422