「ピクニックの途中」

明記も暗喩も
その判断に迷う心も
有限の一瞬
いつか飲み込まれてしまう

手を伸ばしたい
だけど引っ込める
躊躇に費やす時間
その配分がぼくを象る

残さないものが悪いのか
残すものが尊いのか
どちらでもない
はずはないんだ一人ではないから

愛はすべてに適用されない
許されたっていいじゃないか
ぼくが誰に何を告げなくとも
車窓から飛んでった銀紙くらいに放っておいてよ





狂した
あなたの長い息のなかで
ぼくは自分の何かをさがしていた
ひなたを笑って
陰を選んで

大切ということばに
言葉以上のおかしみを感じて
いつか無くなるものなど何もないって
そうとすら考えていなかったな

新しいものはいつも億劫だった
古い記憶は改造が可能だ
解釈を渇望しながらぼくは蹲っていた
迎えの来ないただのさみしい迷子だった

東のほうから雲が光る
薔薇色に染まる世界で
それでもまだ
それでもまだだよと言い聞かせて





瞠った目から薄い膜が剥がれて
粘度を保ったまま靴の先に落ちた
視線を奪われている間に今度はきっと左の
瞳から同じような膜が離れて
それはきっと粘性を備えたまま土に落ちた
だけど僕はつられて油断したりはしなかった
子どものようだと笑ったら子どもたちが抗うよ
涙はきっとその目を離れたくなかったと思うよ
チョコレートなんて欲しくないくせになぜ泣いたりしたの





あの街で過ごした日々をきみは知らない
この街で過ごそうとする日々をきみはまだ知らない
堤防の上からでも白砂の見えていたこと
水中を泳ぐ黄色や橙や青の魚たちが影で二匹に見えること
どんなに手足を動かしても見えてる島には辿り着かないけれど
いまになって幻と呼ぶようになった代物は満ちていた
ひとつの岬から見る隣の岬はいつも何か孕んでいたっけ
白骨のように見えた灯台が近づけば卑猥な落書きでいっぱいだったり
潮風を受けて咲いた花が甘いにおいを撒き散らすことや
漂流物が打ち寄せられる岸にて区切りの分からぬ文言の瓶を拾ったこと
涙が出てしまうよ
記憶の風景のどれひとつとしてなにひとつとして知りはしないで
知るすべや欲求さえ持たされないまま名前を求めて
これからきみは生まれてこようというのだからぼくは泣いてしまうよ





老後は穏やかでないかもしれないね
灰色はあの手この手でぼくたちを心配がらせようとする
あの季節はいつのまにかどこかいってしまったんだね
天使窓からお呼びじゃない雪が降りこんでいる
それがもうずっと右の耳殻に降り積もってる
青空の緞帳が切り落とされたの
それとも曇天の幕が引かれっぱなしなの
誰かが世界と呼びたがっていたっけ
そんな日々もいつかのここにはあった気もする
ぬくもりじゃ何も救えなかったなあって
あなたが笑うとぼくはまだ歌えそうなくらいに嬉しい。





かえらなきゃ
少し肌寒い夕暮れ
などじゃなく
とても満ちたりた
幸せなはずの真夜中に
毛布に誰かを残して
冷たく光るベランダで
ふっと思う瞬間がある
どこへ?どこかへ。
伝わらない言葉しか持たない
不自由だらけの子ども部屋
かえらなきゃ
かえらなきゃ
かえらなきゃ
だけどそれは呪いだ
いつか幸せになるかもしれない
なってしまうかもしれない
そう願ったときの
そう祈ったときの
だけど決してそうはなるなよ、と
暗い目で夜明けを睨んでいた
ぼくが自分にかけた呪いなんだ
山頂から投げかけた光反射みたいに
それはあちこちで柔らかな膜を破り
いくつもの生ぬるい闇を貫いて
今なお酔いの醒めないぼくを呼ぶ





「世界のおわりとはじまりはすべていつもスノードームの中で行われる。」

何の音もしない世界の終りの雪の朝
たったひとりでベランダに佇むことを思いた直後に
窓をほんの少しだけ閉め忘れてくれてありがとう
ぼくは室内の気温低下を正確に察知しプログラム再起動
もう一度きみを見つけられてほんとによかった
そのためにぼくは生まれてきたんだ
十四年前の今日という日に
きみの秘密の工作室で

あなたはぼくのほうを振り返る
花びらのように舞う雪の中で
あなたはぼくの記号を呼びかける
記号じゃなくて名前だと何度も言い聞かせてきた記号を
あなたは黙ってむきだしの腕を差しのばす
いまぼくははじめてその意味が分かる
意味のない行為が必要なときがあるってこと

あの日ぼくに向かって
手を差し出したきみの泣き顔とおなじふうに
そこにもここにも意味なんかないけれど
いまここでぼくが笑っていられたら
これ以上ないほど素敵な世界の始まりだったのに

ぼくが記憶記録してきたデータベースの
どのやり方よりも悪意を徹底的に排除して
暗号なんかになりっこない二文字で
裸足だったことを思い出させてあげる

どうしてだ、
どうしてだよ?

自分より後にいなくなるものを
つくるためあなたは生きのびた
そしてぼくは生まれた
問いかけのために
答えのためでなく
問いのために
十四年前の今日
十四才だったあなたに出会って
ぼくはそれ以来ずっと絶対に幸せだった

ふたりぼっちの海水浴
乗り物の動かない遊園地
いつまでも本が読める図書室
お手を触れてもいい博物館

もういいかい、
ぼくが訊ねよう
じゅうぶんだよ、
あなたはやさしい

きっとぼくは知らないのだ
ほんとうには状況を分かることができていないのだ
ガーゼのシャツにスープをこぼしたみたいに
一瞬では伝わりきらない快か不快
あるいはそれにまったく属さない異質の何か

に、ついてを。

そういえばこの景色をどこかで見たな

(解析にコンマ数秒もしくは限りなくゼロに近い値)

なるほどスノードームの中だ
寒さの所為かあなたの微笑み方はぎこちなくて
十四年前に生まれたのはいったいどっちだったのか
少しだけ分からなくなる
という幸福を
ふたりは最後に与えられる

(もしかするとそれはあなただったかもしれない)。





公園で読みたかったな
雨上がり
十月の日曜日に
きみの隣
きみが好きだといった本を

といってもぼくは字が読めないけれど
きみがきっと読み上げて
ぼくはふにゃふにゃの
フライドポテトを食べていたかったな

父親と野球ゲームする
双子の兄弟を眺めながら
そんなことを思ったりしていた

きみもぼくも子どもが産めない
ずっといっしょにいても
ずっとふたりぼっちなんだねえ

誰が挟んだのだろう
クリームベージュに剃刀が一枚
血管なんか本当にかよってたんだ
ぼくはきみの血をあまりちゃんと見たことがなかったよ

あふれだしてくるね、





「僕が祈らないとでも思ったのか。」

雨は上がらない。泥濘は離してくれない。順序よく訪れない。途切れっぱなしでもう繋がりはしない。染みは取れない。いつまでも変わらない。成長することはなにもない。価値は付随されない。意味なんかない。理由なんかない。死んでも世界は終わらない。忘れていくだけ。誰も泣かない。誰も一緒に逃げてくれない。ごはんは食べられる。炭水化物は消費され続ける。笑い声も消えない。あなたの未来だけが終わる。雨は降る。陽は射す。風は吹きつける。海は鳴る。猫は伸びる。産声はあがる。ごみは散る。花は首を垂れる。愛は売られる。悲鳴は押し殺される。毛布は捨てられる。山裾はけぶる。ガスタンクは磨かれる。鳥は眠る。屋根は乾く。アスファルトはひび割れる。看板は光る。本はめくられる。定規は落ちる。リップクリームは折られる。靴は埃をかぶる。あなたが履かないから。あなたは殺される。あなたは息を吹き返す。あなたは目覚める。あなたは殺さなかった。あなたは殺されなかった。あなた自身になんか。僕が祈らないとでも思ったのか。