猫や石塀の残飯
ぼくらが忌んだ
忌んだぼくらのいた
いつか懐かしいはずだった風景

いつも、という言葉に縋って厭った
わがままを押し通すことの心地良さ
それにくわえて
何もかもうまくいかないことに対する
ある種の安堵を

禍は知っていた
星を奪うよりも
太陽を奪うよりも
もっとも手っ取り早く
ほんとうに全ての消し方を

それより早くぼくらは視界を覆い合った
泣き方だけは教わらずとも知っていた
だからこそ最期には微笑み合ったんだ
たった一度でも出会えて嬉しかったよ
もしかするとそれだけをずっと伝えたかったのかもしれない


+


顎をのせて
額をあてて
すぐ目の前の
遠いものを見る

草原の中に
赤い気球がひとつ
まるで誰も乗っていないような
けして誰も乗せたがらないような
そんな赤い色の

最後は橙の昏い場所で
初めて会ったばかりの
なにやらとてつもなく綺麗な男に
いいものをいただきましたねと
それは僕の両親からなのだと
微笑みかけられて確かだと思うと頷く

片方の手袋を忘れてしまって
それでも夜道で頬を火照らせ
三軒となりの別の灯りをめざしながら
それはそうだと確信で胸がいっぱいになる

こうしているあいだ
何もしないあいだでさえ
地球はまわっていて
瞬きを繰り返している
光にさらされたり闇を求めたり

その上を吹く風はあるとき
若かりし母の黒髪をなびかせ
少年だった父の黄金の決意を打ち砕き
その父の父の
その母の母の父のそのまた父と母の
赤子だった頬を優しく撫でで冷たく抓った

だからってそんなもの何んにも知らないと云える自由
すべてが見えるという高鳴りに付随する無敵の煌めき

煩わしさは何の障害にもならない
この星だってきっと
今なお焦点を結びにいっているよ
遥か遠い双子と一緒に
夢でもうつつでも届かない先まで
見晴らせる余地を僕らに感じさせようと

だから僕は産まれた
臍の緒と共に迷いを断ち切るために
顔の上におさまる距離
何の不自由も無い精巧な瞳を持たされて
愚かしさやさみしさを時に嘆こうとも

すべてはどこかで風に吹かれながら
この手紙を読み終えようとする
まだ見ぬきみに会うため
はるかな地点にあたらしい焦点を結ぶ日のため
いま歩き出して会いに行くよ
それを願ったせいでもう二度と赤い気球には乗れなくたって


+


ときどきどうでもいい
きみの態度は
すねたりわらったり
その時のきみの存在は
ときどきどうでもいい

スープの湯気の立ち方や
星のめぐり
木の葉の落ちた枚数
鳥が気流に乗る瞬間

見ていなきゃならないものが
たくさんあるんだ
ほんとうに
たくさんあるんだよ

といってもきみは単純だ
なかなかきみは滑稽だ
ぼくをしか見ない
ほかに見るところがない

ときどきどうにもおかしくなって
ぼくがふっと笑った時
もしきみも笑ったら
これが正体と呼べるものかな

張り出し窓
カーテンのドレープの動き
敷地内に投げ入れられた空き缶
木の根元から生えた少女の首
かぶせる土がもう無いんだよ


+


まず朝があって
光があって
ぼくは夜をみつけた

それは蹲っていた
前の席の子の
左の踵の
尖ったあたりで

まっすぐな国道を
目を瞑ったままで
どこまで行けるかという
これは名前の無い遊び
まだ禁じられていない行為

辿り着いた海岸線で
宿舎をはるかに臨んで
そして水平に視線を流して
灯火と呼べるものを他にさがした

辻褄合わせの答え探し
戸惑ってばかりだ
踏み場がないと嘆きながら
裸足で歩かない理由を集めてばかりだ

いくつもの星が掌に落ちて零れる
涙は地面ではなく記憶だけ濡らして

ぼくたちがいる世界と
いない世界をそっくり同じだと
それだけは信じられなくて
思ってもいない言葉を繋げたり
ときどき視線を交わしては
初対面みたいに微笑み合ったりもしたよね


+


その時は来る
すべての暗号がほどかれて
リボンは裸の肌を包む
甘い蜜は今にも滴り落ちそう

夢にまで見た
夢の中の夢でまでも見た
言葉でしか知らなかった新世界

縺れた囁きがいまきみに優しい
そんな時が、もうすぐ来る

机の下で冷たい銀色を握り締め
睨めつけることも億劫で俯いている
その頬にも射した薔薇色の光みたいに

まっしろのハンカチを降らせる遊び
誰もが意地悪な期待を眼差し込めても
同じ色の花を埋もれるほど降らせたかったんだ
ぼくはいつもきみのうえに


+


「ついのひかり」

絶対的に光が足りない
鏡の向こうに
ぼくを見守る
眼差しに気づいてから

それは永く
死に似た眠り
遠い距離を
貫く映像のようだった

離れていれば
いるほど
それでも届いたという
感動があった

近いせいにしないでよ
何度も繰り返す
そのせいでまるで
ぼくのほうが
詭弁

同じ筋ではないのだね
ひとつところを
なぞり続けるわけにいかないのだ
身の焦がらすほど憬れたものに
終ぞ達しない
と、いうようなこともあるわけで

だからこそ、

光は追憶される
記憶の表面は摩耗し
濁りは薄らぎやがて
夢かうつつか分からずになる

隣にならんで手を繋いでしまっては
たがいの目に浮かぶさみしさに気づけない
かといって向かい合ったまま居るわけにいかない
背中合わせに歩み出せばいずれ顔を忘れるだろうし
留まる事を望めば生きてはいかれないのだろう

正しくないかも知れない
その方向へ目を向けること
こちらは誤りかも知れない
だが身を駒のようにどこか投げやりに
けれど硬く信じることを忘れないで進むということ

行き当る壁はいつも陳腐で
何故もっと抜群に不幸でないのかと
訝るうちにだんだんと可笑しくなってきてしまう
やがて目の前は開ける
嘲笑は燦々と粒子と弾け

辿り着いた先の
その予想もしていない現実味と鮮やかさに
ぼくは些かたじたじとなるだろう
見知らぬ親戚を前にした臆病な子どもみたいに
何故こうもぼくを疎む景色かと
少しだけつまらなくもあるだろう

だけどぼくは忘れない
握り締めれば
いや、そうでなくても
握り返してくれる体温のあったこと
そして初めてのように思い出す
生きることへの懐かしみ
これが正体であったと


+


すべてを表そうとして
あなたはしくじる
苦い顔をして
世にもつまらなそうに
だから嫌だったという
産まれるのは嫌だったと
それが
百日
一年
半世紀と
嘘のように続きましたね
いま安らかでしょうか
祈りと花を欠かしません
余談ではありますが
あなたの白髪よりまっ白な
小さな生き物がここにあるのです
しかもときどき笑うのです
それもいつか言いましょうか
世にもつまらなそうに
だから嫌だったと
だから産んでくれるなと
そうしたら僕は笑いましょう
血を引き合いに出して
血は争えないのだと
血だ血だと
これは拗ねるでしょう
聞く耳を閉じてしまうでしょう
そうなると途方にくれる
たまには加勢を宜しく頼みます
あなたはときどき
日の出のように笑える人でしたから


+


「koibumi」

尊さを蔑にする弱さ
わかっている
ただいじけている

酔うか何かで僕が
愛のために口を開けば君は
もしかすると卒倒してしまうかもしれない

雪の降るより
桜の散るより
絶え間なく
一面を覆って
視力奪われたかと思わされるほどに

君への好意で満ちている
そのうえ意地汚いものだから
一滴も零したくはないのだ
たとえ聞き手が君だとしても僕は

誤って伝わるよりは
伝わらないままがいい

そう、考えている

だが時々はつまらないので
たとえば花を買いに出ようと思う
一緒に選んではくれないか
帰り道で話がしたい


+


「よあけ」

いつもと同じ
ほとんど何も変わらない
かけがえ無いなんてことはない
唯一つだなんてそんな
途方のないことでは

すりきれたり
からまわりしたりもせず
毎日がただ続いていく
一本の筋では無くて
あさっても
おとといも
人は等しく目を覚ます

硝子の一面が曇っている
ぼくが生きているほうが
そうなっている
内側の体温はよわよわしい
けれど確かに
与えられた灯火を思い出させる

光は届かない
まだ遠い山の向こう
こんな夜の終りは
誰かが救われないと
、いやだ

こんな朝の始まりは
意味も無く
誰かが笑っていないと
ぼくが神様なら、いやだ





大胆に開けた窓
露骨に折れた骨
覆う白の包帯のうえ
もっと白の
雪が降る
包帯を覆う
包帯は覆われる
初めての
陽が昇るから
包帯は包まれる
さらに包まれる
あたらしい陽に
あたらしい日に
どこかで風船が放たれた
数えきれないほど
知ったきみは微笑み
やさしい血が健気に脈打つ