「小さなドア」

どしゃ降りの雨
足音はドアの前で止まる
亡霊のように立って
住人の許しを待ってる

ずぶ濡れで全裸
生まれたての哺乳類
ぼくが吹き出すのを待って
きみがきみらしく笑う
そもそも自分は難産だったと

沈んだベッド
シーツに溺れる幼い涙目
アンダルシア、
行ったこともないくせに
アンダルシア、
行くつもりもないくせに

遠く南東
旅行の計画を嘯いていたら
遠く北西
そこへ向かう電車が脱線する

偶然だよ
きみが云う夜
月が見えない
雨が止まない

どうして怒んないの
もう眠れよ
どうして眠るの
きみが眠れば愛がでたらめを唄う

分かってる
だから今ぼくがお祈りを
だってきみは十字を切らない

きこえていますか
今夜壊してよ
きこえているのなら
脆くくじけそうな
この生まれたてのぼくたちを

070420





「五月の嘘」

空が重くてこうも風が冷たいと
ふらっとどこかへ行きたくなるね
この世じゃなくていい
暗雲の向こうにはちゃんと青空があるの、
あるの。
へえそいつは不思議だね
きっと誰かの吐いた下手くそな嘘だ

憎むべきなどありはしない
人はみな救われたいから救うだけです
そして辺り一面配り散らす、慈しみのフェイク

失われた望みへの追悼、羽ばたく直前、
息抜きに似た束の間の悦楽、
振り返れば鍵盤の上で大人びた指が踊り狂っていた、
ぼくたちはそれを知らない生き物のように見下ろしていた、

見下ろしていた

引き抜き合ったリボンが邪魔をして
どうしても出ない音があるのを

見下ろしていた

物憂げな視神経はいずれ音を立て切れ
光という名の神のまやかしまでが
永遠にこのぼくたちを見放している、今日も

070410





「スピカの孤独」

かなしい
さみしい
かなしい

こんな夜は
きみのことを
知らない人になりたい

ベランダに出て
星座を声に出したって
救われることはないのに

誰も
誰一人として

撃ち落とせやしないのに
手元に置いてなんかおけないのに

さみしい
さみしい
かなしい

こんな夜は
きみのことを
大嫌いなぼくになりたい

名前なんて
手首なんて
距離なんて
どうだっていい
きみのこと
考えすぎて疲れた

さみしくて
かなしくて
かなしくて

きみのこと
知らない人にぼくはなりたい
きみのこと
大嫌いって云えるきみにぼくはなりたい

070319





「退屈な求愛」

アパートのベランダに立って
遊びに興じる小学生を見下ろす
散歩する犬を見下ろす
空き缶集めを見下ろす
車に轢かれた何かを見下ろす
まだ息をしているのだろうか?

関わらなければ何事も平気
関わっていても本当は無頓着
誰がだれを傷つけようが
だれが僕をどうにかしようが

白い手の指し示す先
指紋なき掌に付着したもの
それが何であったって
どうだって良いと思っていたし
きっとまだ思っている

子どもなんだね。

夕焼け雲
あれって血潮に似ている
どうしてそれを知っているの
憶えていたの

遠いところを見る
臆病なぼくに近いところは見ることができない

かすんでいく不幸
ぼくは、幸福になってしまうのかもしれないな
不幸せの蜜を脱ぎ捨てて
誰かを愛すだの愛されるだの
つまらない生き物へ脱皮するんだ

だから最後
これが最後だよ

どこまでも続くかに見えた
長い廊下
過剰に射す光
まだ蘇らせることのできる感触
誰の?
誰かの

反射するプールの底
呼吸なんか必要ないって思ってた
ぼくをすくいあげた
心臓を射止めた
それは虹、
ありもしない虹への求愛、そしてさよなら





消滅は避けられない。
傷つけても傷つけなくても。
死んでも死ななくても。
きみもぼくも。
昨日の夕焼けのように消えてしまうんだよ。
美しくはない。
哀しくもない。
それはただただ、あくびが出るほど当たり前のことなんだ。





「星の巣」

どこかへ帰る帰り道
自分の影に追い越されながら
いつもこう思っていた

冬の西日
読みかけの本
肩をすくめて笑うきみさえ
ぼくじゃないものはみな美しいと

曖昧な言葉の羅列
病的なその繰り返し
なかなか溢れてゆかないので
ぼくがぼくを溢れてしまった

どぶ川に落ちた花
結び目のもつれた何か
交わらないまま終わろうとして

切り裂く心臓もなく
握り合う手も
罵る客体も
押し殺す声まで持たないぼくを

夜は静かに見つめている
蝶は蜘蛛を待ち焦がれてる
誰もさわれない星の巣の上

081005





どうして
どうして
どうして

きみの口癖
ぼくの心配

だけど答えなんかないよ
それは探すものではないよ

ぼくは死ぬよ
いつか死ぬよ
きみも同じだ
分かるだろう

守り続けたくない
捨てることを棄てないでいたい

月の見えない今夜でも
星の産まれぬ今夜でも

080929





口の中を見せてよ
きみは笑って逃げる
お花畑の真ん中
証拠品を落としながら

手の中を見せてよ
三枚あるうさぎの耳
青く光る結晶
こぼれたふりをして壊した

反射するものは何
それは夜
この白昼でずっと

鳴りやまないものは何
それはいつか死ぬということ
愛する者に死んでしまえと踵を返すこと

ぼくら生きているんだ
だから命を鷲掴み
だから命を咀嚼する

終わることなどないんだ
だから始めを探しては
途方に暮れて捕虜になる

080915





「夜行」

ポケットの中の銀貨七枚以外
誰かの救いになるような
心にはそんな持ち合わせもないし
五体は満足で
それが余計にいいわけにならない

待合室で黙っていると太陽が沈んで
故郷の水銀灯に明かりがともる
サは吃音でぼくからは出なくて
きみに肝心なことを云えなかった

この線路はどこへ行くの
電車ではすぐに辿り着いてしまうから
辿り着かないようこの足で行こう
思いをはせながら歩いて行こう

伝えようとすればするほど
伝わらないことばかりだね
だけれど見てよ
星も一つずつで浮かんでいるよ
すべてが繋がって
潰れた目玉焼きみたいに
光でいっぱいにしてしまわないで
暗いところを大切にしているよ

きみがそれを歌にして適当に歌うので
ぼくも仕方なく歌ってみて
仕方なくきみの手を繋いでみて
これ以上の夜はないと思った

080831





正装したってぼくは獣
うっとりとした目で懇願されたら
躊躇なんてできないことを知って
きみはなんという人間の悪党だ