必ずここに戻ってこなければと
それは呪いのように響いてもいい
最北端の岬に立って
ここから先は異国の海と
言われてもなんだか違うと思って
いやだと感じた日もあったんだけれど
最近ではそういうことも忘れて
海は繋がっていることとする、
それを分けて名付けたとする、
そのどちらも尊重されるべきと考える
愛なんか知らないと口に出すと
ひとはとても優しい
だから僕は愛にだけは困らなかった
本当に分かんないんだもの
そう言って立ち尽くしていても誰かは優しい
眼前を埋め尽くす氷の群れ
吐く息は白く形を持つけど何の信号にもならない
でも隣で立って煙草をふかしてる
だけのあなたへの僕の証明くらいにはなる、とする
どこよりも早く北の夜に星は光り出す
見上げることだけは許されている
許さないのは自分と他人ばかり
明日になれば掴めないかもしれない手を
選び取ってくださいと言おう
あの星に気づいたら、
あの星にあなたがもしも気づいたなら。





それは擦り切れ
すっかりくたびれていた
それは今にも
散り散りになって飛びそうだった
それはいつも
ふと誰かに拾われるのを待っていた
それはいつか
ぼくを表現する正体かも
それはいつか
それはいつしか
それはいつまでも
ぼくが追いかけることになるかもしれないもの、だった
それはやがて
それはいまにも
それは杜撰とも呼べる安易さで
望むことを忘れた頃に降り注ぎだすようなもの、だった





今はもう取り壊された旧家の
畳を壱枚だけ貰って沖へ出た
生きながら死にゆく旅路だった

ぼくは思う
若き母が家族をあざむき
泣きもしなかった目つきとは
三つ編みの中に隠したもの
それはぼく
もっとも最初のぼくの種

おとうさん、あなたは知らない
血は足りない
生きていくには産まれ持ったぶんだけで
到底足りないものなんだと
血について
あなたは、いいえ本当は
まだ誰も知らないんだ

畳に海水が染みて
新鮮な傷口が痛い
正気に戻すものはいつも
くだらなくってありきたりなんだ

ぼくは出直そう
何度でも出直そう
畳から身を投げて
死体のように打ち上げられよう





体に悪いと言われるものが美味しいのは、体を壊すからやめなさいと窘められるものは、それ自体が本当に美味だったり方法として一時的に秀逸だったり、ということは実際にあるにはあるかもしれないんだけれど、いつだって禁忌のほうなんだ、侵犯するという行為のほうなんだ、ぼくときみがどうしようもないくらい狂いに狂って、もつれた糸のようにどこまでもこんがらがってってしまう理由は。古い洋書のおとぎばなし。絶対に誰も引き抜かない。気まぐれにも引き出されない。そのままほこりをかぶって忘れ去られていきたいんだ。傷つけないから傷つけないで。傷つかないから優しくしないで。





「やさしいね」

おまえやさしいねと
ぼくは悪意だけで言ってやった
けれど言葉通りに受け止める
そしておまえは笑う
いつも笑っているんだけど
今度はくすぐったいみたいにしている

まるで理解できない
なぜ選び取ったのか
こんなにも無数がひしめいている中で
何がその気を惹いたのだか
ぼくは理解ができない

気味が悪いのは
この、理解ができない、という感情
それこそが理解しようとした前提という意味
おいおい、
とぼくは自分に向けて呆れる

こいつは嘘だぞ
こいつは怯まないぞ
こいつはもしかすると
もしかすると
たいした馬鹿野郎かも

こちらの混乱が楽しいか
おまえはまた笑っている
ぼくのぶんだと言って
だから返せと言って
今はまだ分からないけれど
おまえの真似をして口を歪めてみる

ほんとうに優しいね、おまえ。





それはずっと北で
それはずっと昔に
起こった出来事

氷の大地に
赤い実が点々と
系譜を描くように
続いていた

そして続いていた
ぼくとあなたの
交信は絶え間なく
何も介さず
どちらも解さず

花の植わらない国で
あるいは街で
村で
名前も奪われて
言葉も失って
どこからも切り離されて
すべてに溶け落ちて行く

理路を糺せば
傷むと分かって
弔いを終えられない
どうしてなのか
それだけを誰も知らない





桜は毎年春になると咲くから
今年は咲かないかもしれないね
年下相手のそんな意地悪が
あなたにとっては心地良かった

ぼくを乗せて
景色を移ろわせる轍の
少しだけ後ろを靴底は確かに踏みしめて
噛み締めてくれているのだろうか

ぼくは少し憂鬱を含んだ
あなたのそれより遙かに意地悪な
だけどほとんど愛と呼んでいい
そんな体温を胸のあたりにわだかまらせて
喪失者の顔で頼りない笑みを浮かべ続ける

湖のほとり
たまに往生する泥濘
すべて記憶にあるかのようにデタラメばかり
紐づかない逸話の数々
だけどなんだか本当みたいだね

見上げるためには体力がいる
やや俯いて鳥の声ばかり聴いている
すぐ次に訪れる大地だけを知る
きっと群生する菫の畑
きっともう一人は険しい顔

実のところいたって真面目で
本当は泣けないだけのあなただ
嘘ばかりやたら巧みにできてしまって
ぼくは忌まれているのかと思ってた





伝説にさせない
誰かが止めにかかる
深い森の奥
名前の消えた停留所
僕はそこで何か
銀河のような乗り物を待って
何も訪れないことを知りながら
それでも待って
明ける夜をすでに呪って
赤い血筋の途絶えを感じていた
長子の僕がこんなところで
来るともしれぬ
在るともしれぬものを
途方に暮れもせずひたすらに
待ったりなどするからこの血は途絶える
なんという傲慢
なんという我儘
それを見過ごして朝陽を連れ添う
容赦ない夜明けが見せる本当の救い
死神は意志を持って僕を残した
背中が濡れたように思い
僕よりずっと年の少ない弟が
今朝は笑わず泣きもしない意味





青い光の網
捕らわれたくても世界は自由で
どこにでも行ける権利を持って
ぼくはどこへも行かなかった

こえてしまう
こごえてしまう
あなたの年を越えて
まだ何も知らないままで超えて

いつもさがしていた
ここにあるものを
いつも忘れたがって
そしてみつけたがって
つまりみつかられたがって

易いほうへ
易しいほうへ
落ちていこうとするの
ぼくなら許して
ぼくだからぼくを笑って

水平線に重なる
遠い砂浜
一定の時間にだけ現れる
流星群よりここでは尊い

幻、と呼んでしまうことにずっと抵抗があった
水泡のように思い出は消える
だけど血は流れる
あなたたちがぼくに注いだ
血の愛は海に潜っても大丈夫
その赤は泣くほど溢れ出して夕方に視界を染める

死んでも手放したくない、幻の思い出に。