あてはまる何か
さがしてかれこれ一世紀
人はとっくに
孫孫孫の世代になって
太陽の沈む方角だけ変わらない

丘の内側
ビルの奥
星の数は減って
だけど憂えることもなくって
だってネオンは嫌いではなくて
素焼きのアーモンド
かじりながら他殺体の数を数える
そんな一日の終わりだっていい

神童
それが幼少期の綽名だった
学問でもなく
芸術でもなく
ぼくが本当に何も覚えなかったから
あれは皮肉であり冷たいあたたかさだった

注がれ続ける
視線と夕陽
血と祈り
そして這う
震えながら朝に向かって
呼ぶなら誰
おかあさん
おにいさん
後はもう知らない

神の子どものなれのはて
求める力のあまり
暮らすアパートの昇降機が落下した
誰も乗っていなかった
仕掛け人は毛布をかぶる
知らない
なんにも知らないんだって





東から星が昇る
いろんな想いが怖かった
ひとつでないということ
主体性は消えていいと思っていた
棘が出て傷つけあうなら

動物は牙で毛を梳く
水脈は澱みない
読みかけの本
掌の上の行間

雨が降っている
だけど陽は今日も昇る
撃ち落としても、
撃ち落としても、
私が途方に暮れるのを待っている
諦めて委ねる世界を携えて

夜の空にはきっと満天の星
そのすべて見知ることはできなくても
傷口は治癒される
もう血は流れない
億光年のきらめきが喪失を要塞する
眦からわけもなく泪が零れる





読んでは閉じる。きっともう二度とふれることはないもの。それがまだ手の中にあるということ。刹那の充足感を噛み締めて血潮に刷り込もうとする。私の看過する多くのことは他の誰かにとってきっと命を救うに匹敵するだろう。ふれなかったもの。口にしなかったもの。耳をふさいだもの。目を閉じて感じもしなかったもの。その名を知ろうとも、しなかったもの。誰かにとっての自分もまたそうであるように自分もまた何かに対してそうであった。雲が流れる。あらゆる事象をただ描写するだけしかできない日は詳細に磨きがかかってやたら句読点が乏しい。通い慣れた郵便局の前でふと足を止めて誰に宛てた手紙だったか忘却する。確かめたところ切手だけはきちんと貼られてあるのだ。いるのかいないのか。中には便箋の重みがある。そこに書き付けたのは昨夜、それから今朝がたにかけて。真夜中を越している間、世界が目覚めない錯覚に陥り、それは甘美ともいえたしひたすらに虚無ともとれた。信号機だけが一本の蝋燭みたいに安全を保障している。雨に濡れた道を歩く者はいない。犬猫さえも。そうだ、思い出した。私はインキ壺を倒した。それで今日はこのワンピースにしたのだ。本当はあのシャツだったのに。そうだ、手紙は仕上がらなかった。書き上げることはできなかった。不愉快でつまらなかった。私はそうでも、鳩舎で幸福の象徴は眠る。それは確かなことだと思ったから、それでも私はこうやって外に出てきた。宛先の無い手紙を持って。ポストの前で途方にくれるために。翼の鳴る音がする。私の足元を無数の鳥の影が鮮明に過ぎった。宛先の無い手紙を持ってポストの前で途方にくれるためだけに出かけてきた私の足元を。





目を覚ます
窓の外を見る
遠くの山が濁る

瞼に手を置いて
思い出せるものを思い出す
自主的な捏造
回想と呼ぶにはあまりに美しい

海の端っこ
何も知らない
立っている子ども
捨てられた顔をして

ぬくもる瞼
掌に滲む小さな水滴
また夜がくる
また朝がくる





質問は何だったか
回答を求められて
まずそこで立ち止まり
途方に暮れる

怯えた顔を
人は愛おしむ
容易い問いに向かった時のように
舐る余裕を甘く感じながら

もしも僕が弱者なら
いつまでも続きますか
似た者に寄り添うこともなく
ただ舐られる生涯の
その予感に触れて

気に障ったらまるくなり
雨の朝には尖ります

責任を持って
光なら許して
夜を遮って





百年の習わしが
たった一瞬の衝撃で覆される
あくる朝から僕は戦慄し
掴めない悪夢に脅かされる

いただいた肉体の
再現は不可能
平穏を願い瞬きを数えていれば
愛を知る者が咎める

易さはまやかし
それぞれ違う個体が
いつまでも同じ幻想に
揺蕩い続けられるはずはなかった
ずっと昔にとっくに離脱していた
心のどこかで僕は

正しいものにも
間違いにだって
綺麗は宿った
意味の付随を求めずに

それだけで生きてきた
それのために死ににいこう





あなたは見ない
緞帳の裏
あなたは見ない
舞台袖

見ようとしない
見ることができない
ただ見せられる

宝石箱の中の宝石
あなたは見ない
宝石箱の装飾
秘められたほうが美しいと
信じて疑わないままで

そうして見過ごす
時は流れる
新しい命に語り継ぐこともない

それでも葉露は輝く
あなたが見過ごした
見ることのできなかった
無数の魂を宿して

そして触れさせる
あなたは
あなたの愛しいひとに
露は葉を零れる
言葉も介さず互いに笑む

巡っているんだ

見過ごして
見放しても
見誤って
見損ねても
それはあなたの回りを巡って
再現の時を待っている
余すところなく与えられる
損なうものは何一つ無い
得ないものは何も無い





目が覚めて
道路を走る車が無いことに気づく
月がまだ見えていることに気づく
閉め損ねた
カーテンと窓枠の僅かな三角形から

無意識に不完全を許容できた昨晩の自分に
滲むような熱が心臓を揺らしているのを感じる

時計はまだ見ない
朝でも夜でも何曜日であっても私は泣くんだ

音も立てず小さな振動として命を止めない
あなたたちを殺されてしまうことは無作法だったね
それは私にとって何よりの裏切りだった

騙されて何の不都合があるだろう
信じられていると錯覚を与えながら
いつしか老いていられればそれでいいんだ

やがて動き出すよ





雨が上がり、濡れたアスファルトに突っ立ち、晴れた視界の鮮明さに怯える。繁栄を否定した血族の末裔たる覚悟は夜が近づくにつれ初々しい焦燥に変わる。思い起こせば、あのようにもっともらしく語ることは誰にでもできることだった。ならばそれは僕でなくてもよかった。誰にも云えない恥ずかしいことをした。それは絶対に笑い話にもならない。あの年の夏、予想に反して咲いた大輪の向日葵の陰になって君の表情は見えなかった。だから僕はそれをいかようにも想像できた。たとえ揺るがない過去の現実がそこにありつづけても。僕の肯定はもう何者にも否定できない。修正者のいない世界は今だって眩しい。ばかみたいだ。やさしい人間が隣に居座るから、僕は醜さを自覚させられ続ける。これは拷問だ。罰だ。首を締め上げるのは行き場を失くした雨雲で、目尻から零れ続けるものは萌え出づる宛ても無い、僕の子孫の唾液と涙。





食べていた
手に届く限りの草や花や虫や
名前で呼び合った友達を

問われることが多い
経験豊富な者よりも
ずっと僕に対して多い
彼等がもし悔いているのだとしたら
そうであってほしいと願う

見たいものを見に出かけ
食べたいものを獲りに行く
そんな暮らし
そんな積み重ね
勲章は得られなかったと

意地汚い子の目でも澄んで見える
そう感じられる自分に出会いたいんでしょう?

骨を折り血を飲む
指先でまんべんなく知り尽くす
観察と自給自足の生き物の無知が
あなたを笑いながら祈っている

忘れないで
わすれないでね





河のほとりを歩くひとがみんな
いつか自分に関わったように見える
青い芽が黄色い森になり
底の薄い靴でだってどこまでも歩ける日

名前を必要としない鳥を脅かして進む
勇敢な船長のように
肢を失った逃げ切れぬ野良猫のように

ぬかるみに向けて伸ばした手は
冷たい感触に遮られる
太陽は明日もまた昇って
逃げたがる動物の背を明るみに出すだろう

追いかけていこう
途切れた文脈の続き
流れて消えた星がきっと待ってる
異物からの眼差しで恋焦がれていこう
身体に染みわたる傷や体温で続編を練り上げながら