「どこにも」

得ようと謀って
ついに得られなかったものにしか
恋なんてしていなかった
ぼくはさみしい持ち主だ

見ようと背伸びして
ついに見ることの叶わなかったものをしか
最期まで覚えていられるものはない
染みた感情は溶けて吐き出される

伝えようと目論んで
ついにささやきにさえなれなかったものにしか
きみに伝えるべきだった言葉なんてなかった





「野生」

怯えたほらの中で
深く眠れるようでなくては

潔い朝
川を流れる一個のはらわた

追いかけていくこども
はだしには傷がいっぱい

かなたで火が上がっている
臓器をすくいあげた時
それは星の死のように爆ぜる

流れるうちにすっかり冷えた臓器をくいちぎって
こどもが無知な顔を上げたとき
雲に似た煙が少しだけ空に増える

次はもっと別の場所へいこう、
こどもはなんとなく口を動かしている

そうしているあいだに血は血となり
そんなこともこどもは知らず生きぬ





「その日には」

うつくしい言葉はだめだ
口にして罪悪を感じない
きっと伝えてはだめだ
その程度のうつくしさなら

つけないでください
名前なんか
信じた回数ぶん
きっかり裏切るだろう
きっと
こんなぼくだから
そんなあなたを

もうやめなければ
さあ始めなきゃ
おわりのはじまり
これまでに捨てたものを
書き出す作業を
聴こえない音に耳を澄ますことを

感じなければならないことは
感じなければならない
与えられたものは
与えられなければならない

あずけられた命は
返さなくてはならない
いつか
とおいようで
必ずやってくる日には

ぼくは永遠じゃない
あなただってそうだ
いつだってそう
今までだってすべてそうだった
誰も何も大切にできないことを
知って泣きながら産まれたときにも





「神様」

光の中にいるんだと思っていました
あなたはきっと
だから触れられないと信じていました
ぼくはずっと

毎分六十トンを湧き出す水源
溢れそうに膨らんだその真上に
乗って走れそうな気がするのは
浅学で無知だったおかげだ

黒いお魚はあなたの影
金色したのはあなたの鼻緒
赤い模様は遊んだあとの切り傷
血を見るのさえ楽しかった

誰もそこへ潜っていくことができない
何も無い場所で浮いているだけ
透き通った世界はほとんどが虚空だ
白い空だって映し出してる

水は何者も包まない
透明に包まれているぼくがただいるだけ
水は何も弾かない
溶け切れず喘ぎ溺れるぼくたちは滑稽なだけ

稲穂のような黄の花が咲き
真夏のような青草は底から息吹いている

やわらかなうねり
とめどなく静かな巴

置いていってください
捨てていってください
忘れてしまってください
一度だけ名を呼んでくれたので

光の中にしかいてくれないと思っていました
眩しさとともにあるものだと思っていました
すれ違ったことさえないのだと
これからも目配せさえありえない
それなのに雨の日も
ほんとうは月の無い夜にも
あなたいつだってぼくの隣人だったのに





「神様2」

海で濡らしたシャツのよう
過ぎた時間は
重く
長い影をどこまでも伸ばしている

野菊のように
微笑みかけて
あなたは立っていた

座って書きながら
臥して泣きながら
食んで笑いながら
あなたは立ち続けた

双葉がひらいた
膝に蝶がとまった
呼吸と鼓動をとめる
とまればいいのにと、そう願う

こんな朝焼けのむこうで
死んじゃえばよかったな
血に価しないぼくですまないと思う
いつも思ってきた

どうしてこんなに満ちているんだろ
ちいさくてみすぼらしい世界
簡単な言葉で真実はひけらかされる
指先と舌の根を凍らせる夜も訪れない

地平線と水平線が
境界線の境界線が
塗りつぶされていく
侵略のように許されていく

忘れはしないだろう
けれど繰り返すだろう
願いと祈りばかりだ
まるで無限の乱反射

顔を上げては項垂れて
どれひとつとして
なにひとつとして
叶わないことで生を知るんだ

ちいさくてみすぼらしい世界
満たすものを選べない世界

合わせた手をして願わず祈らず
病床の誰かに花を折る
躊躇わなければそれならできる
傅く膝を伸ばして歩き出す
素直になるならあなたにも会える





一日が短くなる
トワイライン
新しい産声
ぬくもりの消えるベッド
どこから来て
どこへ行ったの

嬉しくて苦しい
息が終わればいいのに
でもきっとまた戻ってしまう
戻りたいと願ってしまう
もったいがらなくても
輝きはありあまってる
きみを覚えておく
指図ならいつでも欲しいから

一日が短くなる
いとしの永遠のトワイライン
爪の先で星屑を並び替えた
海岸は凍って
命は陸と沖に隔たった
血だけで繋がって
子猫の寝言
辻褄を合わせられない
それは本当に難しいこと
だけど合ってしまったら行き場なくなるということ

鼓動が長引き過ぎた
吸い込むものが多過ぎた
無人の駅舎はひっそりと雪の下
白い峠でほんのりと
自分だけが光源であるというこの世界の恐怖





「蕾畑の夜」

野良への羨望は間々ある。捕らわれやすい肉体は放っておけばいつまでも奏でる。砂漠を歩きだした駱駝の横顔が夢で見える。黒目はいっぱいの水分を湛えている。億劫なことから逃げ出したいと思っている。だがそれを捨てたら捨てられるのは自分だ。何も残らないが思いだけはいつまでも残って厄介だ。最新鋭の針を手にした、指が何度も打ち間違う。叱責しながら哀しくなる。どうしてこんなに具合が悪いのだろう。蕾畑で花になるものと爆発するものとを選別する易しいお仕事に着手。一昨日まで見かけた双子が片割れを手放している。ついに二人同時に見ることはかなわなかった。虚言だったと思うことにしようと思う。蕾は光を吸ってやたらまっすぐ茎ばかりを太くする。開花しても花弁には触れさせないつもりでいるのか。僕たちがそんなことにばかりかまけて空を仰いでいた頃、見落とした爆弾は地中へ潜って身をくらました。お昼は豆と鶏肉のスープ。鶏である保証は無いけど疑う理由もなく飲み下す。悪くは無いからだ。それが本当は何であったとしても。午後は雨が降るからと誰か偉い人が言って僕たちは蕾畑を出る。夕方になっても雨は降らず虹ばかり出た。誰かがそれを偽だと言ったので祈りを捧げていた別の誰かが怒る。たかが虹で擦傷沙汰となる。だから口を開きたくなんかないんだ。少なくとも蕾畑の連中の前じゃあ。水は高価なので果実のしぼり汁で喉を潤す。話しかける相手もいないので紙に落書きをする。そうしている間に真夜中が来ていて、眠り時を逃してしまった僕は蕾畑へ行ってみる。先客があってそれは双子たちだった。(本当だったんだ!)。僕は声をかけるのを躊躇って、手首くらいの太さの茎がぐるりと包囲したような空地を見つけてしゃがみ込む。隙間から、肩車した双子が蕾を摘んで袋へ詰めていくのを黙って見ておく。汚れた机の上でいつもやけくそに投げ出されていた、あの人の手の甲に似た、硬いだけの蕾。ある明け方それはとても冷たかった。積み上げられていくたくさんの蕾。僕の前からまた姿を消そうとするんだね。だけど止めない。黙って眺めておく。去り際に双子は僕のほうを振り返って首を傾げる。会釈かもしれない、ただの見間違いかもしれない。蕾の無くなった茎畑は寒々しい。明日になって大騒ぎになるんだろうか。僕は頼まれてもいないのに、足跡を消しておこうと閃いて、双子の歩き回った場所を辿る。そして、おや、と思う。(やっぱり一人しかいない!)。だけどすぐ自分の間違いに気がつく。そういえば彼ら、肩車をしてたんだっけ。足下に何かが落ちている。蕾だ。僕は拾い上げてすぐに見解を改める。違う。これは、あなただ。汚れた机の上でいつもやけくそに投げ出されていた、そうだ、あの手の甲に間違いはない。砂漠を行く駱駝については書き遺された手記から知った。誰に読ませるつもりもなかったんだろう。文字は孤独で言葉は今にも遭難せんといった風情。蕾ひとつを掌に握りこんで僕は、誰もいない蕾畑にたくさんの足跡をつける。立ち上がれ、立ち上がれと命じながら。でたらめなそのリズムに、せっかく地中でおとなしくしていた爆弾が地表へせり上がってくる。あと一回踏み鳴らせば世界が終わる。その状態に残して、僕は蕾畑を抜ける。棘のある鉄線をくぐる。外側から大きくふりかぶって、あなたの手の甲を投げ入れる。それから先のことは、もう誰も聞きたくもないだろう。走る汽車の窓から双子が見ていて小さく笑う。僕があんまり馬鹿なもんで。