「木に成る花」

いくつものいくつもの
いくつもの祈りに圧され
花は枝を離れる
落ちて光に照らされる

崇められ
奉られ
絆はほどける
言葉を紡ぎかけた
舌の奥が開く

そのとき思い出が消えていく
今度こそ想いになって
誰かを掴まえにゆく

そのとき花は重なり合って
樹は轟きながら倒れていく
柔く合わせた手のひらが綻んで
地面から空へ零れていく

声に呼ばれて
影に告げて
光を疎んで
眼差しを悼んで

いくつもの
いくつもの
いくつもの祈りが





「走る」

なんでだって思うでしょう
朝食の席でぼくがお皿を割ったこと
花びんをひっくり返したこと
レースのテーブルクロスを持ち逃げたこと
ついでに温室の薔薇を手折って走ったこと

なんでだって思うでしょう
橋を越えるときに川面から目を逸らしたこと
肉屋の小鳥を解放したこと
読めない本を片っ端から叩き付けてったこと
猫のひげを左右非対称にしてったこと

ぼくだっておんなじだった
なんでだって思うでしょうって
絶えず問いかけられて困っていた

どこからどこまで暴いていいの
どこまでからどこまでは触れていけないの

枝にぶらさがって水たまりをやり過ごした
だけど次に出てきたので靴下までびっしょりになった

レースのヴェール
祝福の赤い薔薇
聖書の無いひみつの場所
猫は小鳥を食べた

なぜでしょう
それはなぜだったでしょう





「白でも灰でもなく」

どうして逃げるんだ
まださわってもいないものなのに
どうして姿が見えないんだ
まだ何も知り合えてさえいないのに

出会ったそばから身をくらます
モビールが散らす光か
さもなくば雑踏で漂った香りのようだ
いなくなるものはもういい
充分すぎるほど覚えてきたから

心などなくていい
愛だけがあればいい
愛は心に宿らない
愛は事実に留まるから

それは遠くじゃない
いつもそばにあるといい
そう思った
それで彼方と名前がつけられ
今も僕のそばにいる

舐める
言い寄る
傷つけあう

幾日も幾夜もそうすることで
たとえどちらかが生きなくなっても
残るものが残り始める
お互い以外になんもなかった
軽すぎる僕たちのあいだにも






「一度問答」

一度しかないものだから
分からなくなるんだ
分かったことなんて一度もないのかもしれないけれど

一回きりのことだから
忘れてしまいそうになるんだ
覚えてた瞬間なんて一瞬もあったかあやしいけれど

一度きりの一回
一回きりの一度
そう名乗るとほとんど永遠みたいじゃないか

誰の目に触れてもそうなのか
誰の手が撫ぜてもそうなのか

いたものは何故いなくなるんだろう
きっと命だったからだろう





「ラストシーン」

こんなはずじゃなかった
うん、よく分かるよ

肌に食い込む爪
唇に食い込む歯

こんなはずじゃなかった
うん、よく分かるよ

あなたはきっと
今はぼくを呪っている

同じように歪まないから
鏡みたいに

こんなはずじゃなかった
頼れるものなら頼ればよかったんだ

ぼくは待っていればよかった
だから忠告はしたのに

こんなはずじゃなかった
そう言いながら誰か殺すはめになるよって





「茨王子」

来る
光が来る
白い風がまた吹く
夢の中では終わったはずの

朝告げの鳥を撃つ
心臓を射抜く
食べるためではなく
腹いせのためではない
誰にもうまく伝えられないことは
自分自身がいちばんよく知ってる

満ちる
闇が満ちる
産まれる前から知っていて
誰もがこれから向かう場所からやってくる

まだ見ぬもの
すべて丸くなって
安心しきって
その内側で眠っている

音も光もなんびとたりとも
踏破できない
内包できない
かえって捕らわれてしまって
しずかに記憶を混ぜ合わせるだけ

カーテンの無いバルコニー
おさななじみが手を振っている
ぼくの姿が見えたんだと
真横に佇むぼくに教える

吹いては吹いてはしゃぼん玉
いくつも海へ流れていった
かなしいわけないじゃないか
割れたって届かなくたって
やがて海が閉じこもるんだから

どうしてここにはカーテンも
飛び降りるほどの高さも無いか
きみは知っても信じないだろう
茨だってやわらかいさって
頬擦りだってするんだろう





「雲梯」

ぼくが雲梯にぶらさがって
投げ飛ばした靴の向きで明日の天気を占っていたとき
あなたまだいなかったじゃないか

いったいどこからあらわれて
いったい何様のつもりか

呪って呪って呪って
呪うものがついになくなった時
世界中のありきたりな誰かとおなじで
ぼくも気づいてしまったんだ
消えればいいのはたったひとりなのでは?

その頃だってまだまだあなたはいなかったよな

あなたまだ何も知らない
そのことがぼくをこうも苛立たせ
笑いかけられても何か裏があるんじゃないかと勘繰らせるんだ

どうせ飽きたらいなくなるだろ
ぼくが泣いて訴えたところであなたはそれははずれると言って笑う
ぼくの占いは当たらないのだと言って

あの日雲梯にぶら下がって
遠く遠くへ投げた靴
見つからなくて帰っちゃって
次の日もその次の日もみつからなかったんだ

だって、はずれるよ。

いったいどこからあらわれて
いったい何様のつもりか

差し出されたのは青かったスニーカー
これでもう反論はできない
ぼくは口を開けたまま黙り
あなたは静かにぼくについてを語り始める





「リトル・ヴァンパネラ」

朝は明るい
虹は七色
雲は流れ
明日がまた来る

それって悪魔みたい
不安でたまらなくなる
さみしくて眠れなくなる

光をどこかへやって
肌がかぶれそう
夢見るものを遠ざけて
だって心臓が爛れそう

今日で最後だと思いながら眠りについて
暗い囲いの中で
蝋燭のあかりを虹よりきれいだと知っていて
噛みつけばすぐにあふれ出す血のありかには名前がある

それだけでいい
きみはやさしい





「ひっくり箱」

はやくはやくって
何かに向けて走り出してまもなく
つまづいた
つまづかれた箱がひっくりかえって
ぼろぼろと盛大にあふれ出す

なんだこれ
ああ知ってる
懐かしいばかりだ

いつか好きで大好きで
えいえんと名付けさえしたもの
分類もそこそこに
ただただ嫌いから程遠かったもの

うずくまったら手をのばす
浜辺の貝殻ひらうみたいに
今初めて出会うみたいに
それがのらねこであるみたいに
逃げるなよって祈りながら
ふれかたにまで迷って
眺めることにさえ困惑して

しかしやがて馴染んでゆく
当然だ
だってそれはぼくの一部であったものだから
骨や髪の毛や血液と同じように
もしかするとそれ以上に密に
ぼくを形づくっていたものだから

ふれてなぞって
こすってなめて
そして知るんだ
もう過ぎた
名前は名前のまま
置き去りにされて何も感じない

きっと吸い尽くしたんだ
あのころの好きという気持ちが
この体のどこかで
今さっきまでどこかへ向けて
ぼくを急かしていた
ものの正体

ひとは正体を知っている
ぼくも知っている
誰とか何とかがどこからきたのか
ぼくとかきみとかがどこへいくのか

何もわからなくなったとき
それは一緒になれたとき
辺りに何もいなくなったとき
それはすべてになったとき

とても大事で大好きだった
忘れちゃうくらい
こんなちっぽけな箱にぎゅっと閉じ込めて
閉じ込めたことなんか忘れちゃって
よそへ向かって駆けだしちゃうくらい
ずっとずっとひとつだったんだね