「月下症候群」

満たされない月
満たされたい月

夜の王国へ存在が抜けてゆく感触
水のように溶けてゆくの
いいえ
月光のように溶けてゆくの

だけどそれで本当に一つのものになったと思うの
だってそんなんで本当になれると思うの

王国の話など聞き飽きた
すべてがまぼろしだとまでは云わないけれど

幼い子の云うことなど信じない
いつかおとなになるものなどぼくは大嫌いだ

080815





魚を知らなかったころ
ぼくはもっとも魚だった
魚になりたいと思ったころ
ぼくはとっくに人間だった





「リリーの音符」

さよなら、大人になる前夜
その襟足に誓うよ
大きな白い花
あなたの心臓に届くラッパ

きらいだなんてことなかった
ぼくをすきじゃないあなたでも

花ことばを知っている
純潔
純潔
純潔
不思議と涙が出るね

哀しい思い出にならないよう吹くよ
もう一度たくさんの光を込めて
牧羊神の笛の音のよに

一瞬だってなかった
暗い眼差しでしかなくても
ぼくがあなたをすきじゃなかった
そんなこと一瞬さえなかった

080714





暴君と名づけたぼくの猫に残らず食べさせてあげる





「夕凪」

ねえ、きみ
きみはたったひとりだろ
たかが意味が無いってくらいで
たかが価値が無いってくらいで
怖いなんて言うなよ





「落日のスパイ」

閉じてゆくんだよ
落日のむこうは新世界
最後のきっかけだと
あの日のきみは云った
ぼくは何味の飴を舐めてた

子どものいない朝
おとなのいない夜
誰もいないのに溢れ返った星
もうどこか行ってみたいよ
分からなくなってしまいたいよ

塞がった空気
密閉されたクリアケースの中
ぼくは貴重な生き物として
今なお飼い主の支配下にある

その時くすんだ金色から
紫のうさぎが顔を出し述べた

きみがあれを離れたのでなく、
あれがきみを離れたのだ、
都合良く誤認してしまわないように、

それは誰かからの言づてだそうで
暗号のようで悪戯のようで
優しさのようで残酷のようで
詳細詳しく訊ねようにも
うさぎは横たわって鳴かなかった

閉じてゆくんだよ
落日のむこうはさあどうだった
問いかけるきみに手段はない
目をつむってぼくは考える

落日のむこうも同じだったよ

そうさ語りかける思い出が欲しくて
ぼくはきみを創造したんだ
世界の外になど興味はないよ
儚く壊れやすい淡いもの
この手で守ってみたかっただけさ

目をつむってぼくは考える
紫のうさぎが跳ねている
ぼくの亡き骸の上を跳ねている

それはそれとしてあるあり方として世界として
悪いことなど何一つないさ
嘆く者など誰一人いてはならないさ

080429





「暗号趣味」

ねえ何におびえているんだよ
易しい言葉でつづることを
何年間もちゅうちょして
それじゃまるで大人みたいだよ

暗号、そうだ暗号にしとけば
解読されることもないって
これは素通りへの防衛策だって

(それはそうかも知れないけれど)

誰も同じだよ
向かうなんてできない
辿り着く先を夢見たって
あてがわれた地面を蹴るだけだ

太陽にも月にも分かっちゃいないんだ
誰かを励ましてやろうだとか
自分を拝んでもらおうだとか

姿を現しては消え続ける
それだけだよ

夕陽とは神様がふたりに見せた一瞬の隙

その隙へさあ落ちていこう
いま青いスカートの少女がそうしたように
疑いさえしなければ吸い込まれてゆける
一瞬の記憶は永遠さえ凌ぐだろう

もう疑念はいらないくらいに確かだろう
この絶望はぼくたちを見放さないさ





飛び込んでいったらどうなるんだろう
それはぼくを嫌いだと云うかも知れないし
ぼくはそれを嫌いだと云うかも知れないから恐くて
今までずっとそれを好きなことを無視していたものの中に

さて飛び込んで、
いったらどうなんだ?

めくるめく絶望と希望と過剰気味の理想と欠乏気味の現実と
愛も相俟ってぼくの練り出した造語と妄想と白昼夢の果てに

きみとぼくのきみとぼくのためのメロディはどこまでも果てしなく
きみとぼく以外の誰のものでもないぼくときみは純粋に果てしなく

奇跡のように記憶みたいに鮮やかに続いていけたらと願うんだ
その鮮やかさが嘘を吐いて目が眩んだっていい
一度だって燃え上がりもしなかった湿気た紙切れよりずっといい

終焉の付け入る余地も無いほどに
この一番に沸き起こったどうしようもない単純のまま、

続いていくのだ世界は。

100418





重ねれば重ねるほど
多くの世界が消えていく

身の回りにある物
ぼくの中にある物

その内どれか一つだって
一言に収まるような物だろうか

枠線から漏れた切れ端が
足元に溜まって何か誕生するよ

光がなくても生きていけるような
人間としてのいい加減さが欲しい

きみが言葉を反芻して
ぼくは水玉と水玉を薬指でたどる

だけど光がなくても生きていけるなら
もう人間でなくてもいいんじゃないの

きみは途中ですぐ笑うから
ぼくはゲームに負け続ける

羽があった記憶も
生きることを否定した記憶も
消えてしまわないかなあ

不可侵の世界
避け続ける王手
頬杖が大好きな二人の肘は今日も赤く汚れている

100417





「悪友」

満たされないとき
本当は満たされている
満たされてしまったら
きっともう何も欲しくない

恐がりなぼくはきみが欲しい
正体を知らず眠っている
恐い物知らずのきみが欲しいよ
ぼくの気まぐれな思想が生かしている

満たされなくっても
もう戻らなくっても
それでも欲しいってぼくが云えたら
生きているきみは一瞬でいなくなるのに

角砂糖を三個
ミルクで流し込む食事
飢えを忘れないよう
他はほとんどきみを見るだけ

ぼくは獲物を飼ってる
その事実がぼくを今朝も満たしている事実
きみは敵を分かってる
それがきみをのんびり寝坊させる今朝の根拠

100411





平和からは何も出てこない
声帯を掻っ切ったカナリアみたいに
壊れた鳩時計の小窓みたいに

日に日に生存欲求は鈍っていく
平和からは平和さえ生まれない
それはいつも戦争から生まれた

無菌室で触れ合わない毎日なんてだめさ
狂気はしばしば安全の顔で現れる
歴史の映写機がカラカラ回っているが
あれだってその内に止まってしまうだろう

だから頭と脚をそろえて
心臓だけは残すようにね
あとは全部撥ねちまう、そう全部
マイネームイズmixer(撥ね屋)
すべてからのおちこぼれで無所属

男も女も黒も白も黄色も
汚いと思ったことはない
反対に綺麗だと感じたこともなければ

正義が交渉を仕掛けてくる
話し合っているヒマは無い
時間は有限だ

建設中の鉄骨の隙間から
粘り気のある夕陽が落ち込んでくる
足りなくなった血を補給されて
ぼくの翳すナイフがもう一度きらめく

100411