マジックアワー
蜘蛛の巣みたいな綿飴の街
かじかむ前の手を繋げた
誰からも見えない角度で

空にゼリーの魚群が到来
無数の目からサーチライト
まだらに陰る方位磁針
あべこべな矢印の絨毯

ここは冷たくていい
夢の中みたいにでたらめだし
幸せなほどに太陽は遠い
秘密ばかりで膨らんだお腹

何も宿らない体に
太鼓の音
海鳴りの声
猛獣の寝言
今聞こえるすべて詰め込んだ

百年後また会おう

誰からも見えない角度のままで
誰からも祝福されない僕らのままで
誰にも言えない気持ちを大切に抱えて
お互い以外を皮みたいに削ぎ落として

何も宿さない体で
他に行くあてのない心で
溶け合わないでいられることが
不思議なくらいに永遠の二人で






好きなものを好きだと言えないのは、誰かがその良さに気づいてしまって、自分だけのものじゃなくなるかもしれない恐怖に打ち勝てなかった、ぼくの弱さだ。もうひとつは口に出して、もしもそれが陳腐な響きでしかないことに気づいてしまったら、もう二度と元には戻れないかもしれないという疑念からついに逃れ得なかった、ぼくの卑屈だ。いわゆる好きという気持ちと対峙したとき、ぼくは常に嫌な人間だ。こんなやつは善良な民衆から寄ってたかって殺されたって仕方ないのない畜生なのだと、ぱっと見だけで不良の溜まり場を避けて歩きながら考える日もある。週5くらいで、ある。世の中で好きは美化されている。だけどぼくは知っている。美化しなければならないほど、本当は恐ろしいことなんだ。誰かに伝えなければ抱えきれないほど、それは人を駄目にするんだ。治りづらい風邪みたいなかんじ。健康なやつにうつしちゃえ。だから公衆の面前でいちゃいちゃする恋人たちは、わざわざそうして確かめないと、不安で仕方ないだけのふたりなんだ。だからぼくは外で手をつながないことにしている。アピールしなくても幸せだし、幸せだしって言わないといけないくらい本当に不安だし腹を立てている。毎日。何様。
「それはつまり、身に余る光栄だということ?」。
「外でくっつくなって言ってるんだ」。
「出た、痩せ我慢」。
「嫌ならふれば」。
「涙目で言われましてもねえ」。
「誰が涙目だよ。おまえ馬鹿じゃね」。
「ハイハイ。あれね。好き好き大好き超愛してるの裏返しね。ありがとうございマイスイートハニー」。
「ぼくおまえきらい」。
「じゃあおれが二倍好き」。
「三倍きらい」。
「六倍」。

そしてぼくらはコンビニでイルミネーション特集やってるタウン誌を買って帰る。パンプキンプリンと。





こんなことになるくらいなら。続きは言わない。中途半端に優しいんだ。新しいカーテンの向こうで飛行機雲がぼやけていくよ。見なくたって分かる。見えなくたってそこにある。約束はことごとく破られて、きみのきらいなケーキにのってるイチゴみたいにぐちゃぐちゃにされたって、文句は言えないんだ。出会ったんだから。落ちたんだから。失って初めて気づく欠落も、知って初めて分かる痛みも、怖くはない。夜空の星座が変わるみたいに、ちゃんと感じている。怖いことが起こることも奇跡だ。きみといると僕は海中にいるみたいだった。全部が全部、まだらに光っていて、周りの音はあまり聞こえなくて、眠っていたってどこかへ運ばれていって、戻ることも進むこともありうるんだと知った。好きになるとは時を止めることじゃないんだね。時が止まっても止まらなくても、どうでも良くなる感覚なんだね。誰かの真似をして器用じゃない手つきでココアをいれてくれなくたって、嫌いになんかなるもんか。こんなことになるくらいなら。でも、こんなこともないくらいなら、何を遂げてたって、死ぬ時には必ず物足りなかった。たくさん光があったんだ。昼よりも真夜中に。きみといると。僕だけを見ている。





覚えられないことばかりだ。花の名前、ものの数え方、人物相関図、マシーンの操作、新しいルール、陳腐な言葉、各国の首都、国旗。なるほど確かに約束はしなかった、約束はしなかったな。変わっていくことも、変わらないままいることも。だから僕がここで腹を立てるのはおかしいことだとわかっている。折って作られた神は無慈悲に愛し尽くした。地上にはびこるすべて、僕以外を。従って僕は呪わざるを得ない。本当は守りたかったものを。こっちが先に裏切りたかった誰かや、大きな瞳の真っ直ぐな視線を。不幸でいたいわけじゃない。わけじゃないのに、ハッピーエンドを見るたびに傷ついてそっぽを向く。試験をしているみたいで鬱陶しいな。君は、君はどうかお気になさらず。僕のことを知らない君が好きだった。君の世界を汚さないためなら、僕は、あの橋からだって飛べるんだと確信する。死にたいのじゃなく、いなくなりたい。君の生きる世界から。取り除きたい。君に見つかってしまうかもしれない恐怖。誰にも優しい君が、僕の苦しみのために生き甲斐を見つけて堕落していく、そう、君は優しいから、僕を見捨てることはできない、死にものぐるいと笑われてなお、僕が世界を捨てられなかったみたいに。太陽。眼鏡。黒点。星。星、それはただまっしろな星。包み込むのは暗くて黒い夜。光を光のまま光らせる、もの言わぬ絶大の沈黙、みたいな。服は脱がずに完成品で満足する、その演技は昔から得意だ。日々となんら違わない。花、まっしろな花。花。花。いつか僕を埋め尽くす、まっしろな花花花。





怖い、それはとても怖いことだよ。鉄塔の足元で数名が作業をしている。僕から見て小さい、とても小さい。彼らがせっせと動き回り、何かしら同一の目的に向けて力を合わせているという光景が、不十分な青空とともに肌にしみてくる。小さいものは、たとえその小ささが遠近法によるものだとしても、なんと愛らしいんだろう。だから僕は人や世界を見るとき、少し、いやだいぶ離れたところから見るべきなのだろうし、そのことは、見られる側の僕としても良いことであるはずだ。優しい景色はやがて裏切る、優しさゆえに僕に、優しさを求め始めた僕に、欠如を思い出させて狂わせにかかる。眩しいものを嫌いになっていくこと、柔らかなもののせいで治癒不能の傷を負うこと、場合によっては滑稽で、僕の不自然はわざとと思われることもあるだろう。それならそれでいい。僕は決して翻弄されたのではなく能動的に滑稽なのだと、そしてそれが誰かをいっときでも優越に浸らせ前を向かせるきっかけとなるのならば、それでも。きっと。美しいと感じるものから目を背けること。優しいものからできるだけ離れて行くこと。僕にとってそれは自己防衛であり我儘の一形態でしかない。それでも輝くものは輝くけれど。振り返った時に、いま見たことを後悔するような鮮やかさで貫くけれど。絶望に見舞われないために希望を捨て去ること。奈落に失墜しないために暗闇へとこの死に損ないを引きずること。そのどれもが、僕が得難く感じているこの世の、いわゆる幸福と変わらないくらい、瑣末で、差異の乏しい一事象に過ぎないものであること。それが、それだけが君を生かしているんだ。ちゃんと当てよう。君は笑いたいんだ。いま。笑って。





つらいのは、本当につらいのは、忘れるまでだ。忘れたら、本当に忘れるということは、もう二度と思い出さないということだから。努力しなくても。心がけなくても。思えば何かの途中はいつも物悲しかった。生まれる時も、消える時も。人の手が作ったものが自然より醜かったり汚れて見えたとしても、何度でも打ち消せる。だって、宇宙にネオンは無いでしょう。何万光年離れた星座の放つ光より、今、僕に渡れと言ってくれる信号の、揺るぎない緑が好きだ。目に映る色彩で一番に好きだ。この目の光、賭けてもいい。ずっとそれだけで満ちていたい。





ぼくを知らなかった頃のきみが好き。新しいマフラーを巻きながらきみは言う。紺と緑のチェックの。鏡越しに目が合うと笑みさえ浮かべて。ぼくを見つけないままだったかもしれないきみの危うさが好きだったと。きみがぼくを好きでなければよかったのにと。そうしたらもっと好きだったのに。かわいそうなまんまだったら、もっとかわいかったな。そう。それなんだ。頷く。なんだ、おんなじだったんだ。うん。うまくいかないんだね、誰にとっての、何事も。うん。鏡を越えて手は繋げないんだよ。知ってる。うん、知ってるよね。ぼくたちというふたりは、言葉にならないことのもどかしさも、言葉にしてしまうことの無意味も、知ってる。知りながら、笑いあうことができる。これ以上に何が。





真新しい紙を前にして身震い。残滓から再生が可能か見極める一瞬。息をしているのかいないのか。窓の外は夜と朝の繋ぎ目。微熱のある誰かの夢の中みたいな現実の中。馴染みない手ざわりを何度も確かめる。ぬくもりの不足した空気を深海魚が泳ぐ。そんな妄想。誰にも言えなかった、たくさんの幻を閉じ込めた本が、棚の裏で息をひそめる。ぼくが見向きを止めた初恋がクローゼットの奥でぼくを見つめている。すべては瞬きのあいだに起こって終わるから、さっきまでのぼくがこの今のぼくであると、本当は確信が持てない。持っちゃいけない。名前の違う青ばかり集めた絵の具入れは誰からも羨まれなくてそのおかげで取り上げられもしなかった。世界は侵掠にまみれてしまったけれど朝日はまた昇る、そして下る。かわりばんこに訪れる対極のうつろいに酔いが覚めないまま、祈りばかり呟いている。雪の積もる音。誰も跡を残せないこと。軌跡の存しない世界のたたえる平等という怠惰な優しさ。まだ何者でもないというこの幸福が、ぼくがぼくなりに拙い日々を紡ぐことを禁じない。ほら、握った鉛筆がさらさらと動き出すよ。それはすでに待っている。息をひそめて。なつっこい眼差しで。