「なあ、何があったんだ?」
寝ている人間が、返事をするはずなんてない。
すべて知りたい。
何も知りたくない。
髪に指を入れたり抜いたりする。
柔らかいこの髪は、寝癖が付きやすいに違いなかった。
「何が、お前を、こんなになるまで、」
髪から額へ滑った手を、頬に添える。
病み付きになりそうな感触だった。
体温が高いのは子どもだという証拠だ。
ときどき、自分がとんでもない勘違いをしているのじゃないだろうかと不安になる。
一体どこで、何が原因で、今のような生活をするようになったのか分からない。
他の方法が全くなかったわけでもない。
だけど、それでも、俺を導いたものは何だ。
俺をここまで歩かせたものは。
「……ナナセ、」
寝ている人間が、返事をするはずなんてない。
体重をかけないように、眠りを断つことのないように、薄く開かれた唇に、静かに跡を残した。




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ひしめく肉。烙印。それは捌きの順番。殺されるために産まれてきた。家畜。人間は動物であって、動物は人間ではなくて。あれ?食べるために動物を殺す人間が、人間を食べるために人間を殺したらだめだと云う。豚と人間とは違うよ。と、賢い自分が当たり前のように云う。疑問に思うこと自体が、お前が弱っている証拠だよ、と。だけど、本当に正しいことなんて誰も云えないじゃないか。正しいと信じる人の数が多いから、正しいのだと思われていたり、昔からそうであるから、正しいのだと思われていたり、正しいと思われていることの所以なんて、案外適当で、今ここでもう一度うまく筋道立てて説明できるのか?

生殖だってそう。固体保存のために惹かれあっただけだとしたら、恋なんてそうロマンチックでもない。美化された絵空事。年の差には寛容で、同じ性の惹かれあうことをどうして罪だと呼んだりしてる?
自分たちの信じる宗教を信じないという者を、どうして戦争で殺したりしている?それに理由なんてつけられる?
許されるものと、許されないもの。
神さまという大きな名前の裏で、本当の操り師は所詮人間、同じ人間だろう?
許されるものと、許されないもの。それはつまり、許すものと、許さなかったもの、という違いだけだ。人間の口から出る限りすべては偽りであり、真実なんだ。何度でも翻る。何度でも、どうにでも、なりうる事象を、もっともらしく解釈してきただけだ。愛であるなら愛しやすいように、憎しみであるなら憎みやすいように、昨日の約束を今日は裏切り、今日の裏切りを明日には絆に。

「ナナセ、……起きるなよ」
わかるか、ハジメ。
この寝息より確かな物を、俺は知らないよ。
掠めるみたいに触れたその唇の感触ほどに、
忘れたくないものなんて、
絡めた舌から伝わる体温ほどに、
失いたくないものなんて、
俺は知らない。


しらない。


うまく軌道に乗ることのできなかった俺達を、誰なら裁けて、誰なら赦せるか?俺達がくるっているのか?世界がくるっているのか?決めるものは誰だ。基準は何だ。くるってるって何だ。ただしいって何だ。裁くのも許すのも基準をつくるのも判断するのも、人間のすることで。誰だって平等なのに、誰だって同じなのに、

誰かが神さまになりきる。
だれかが堕天使を演じる。
悲劇の幕はまだおりない。

ナナセが起きた。
「……ハチは、ハチは、そうだな……あったかい」
脆い論理を縫い付けて。
「何だ、それ。もう少し、まともなこと、しゃべってみろよ、ん?」
積み木の城を蹴飛ばした。
「ハチ。ぼくは、どう?ぼくも、あったかい?」
「ああ。あったかいよ」
「いきている?」
「ああ。いきているよ」
「うごいて、いる?」
「ああ。ちゃんと」
「ぼくをすき?」
「すきだよ」
「本当に」
「もう棄てないよ」

神さまを演じるだれか。
堕天使を演じるだれか。
喜劇の幕はまだおりない。

「ハチ、しよう。……ね、しよう」
「なにを」
くすくすわらった。

許せるものを許していった結果。世界の中にある正しいものとは、ただそれだけのこと。最初からそうだったわけじゃない。誰かに二人を咎められるはずなんかかない。今、突き動かされるままに、思い付いたままに、君の上に散らす、花、花、紅い血の花。

041029