「ねえ、悪いんだけど、死んでくれない」




7 1   n i g h t




予言的中。
バーでの俺の言葉どおりにハチが変わるのは、ナナセとパートナーを組んでから三日と経たない間の出来事だった。俺を除いて最初にナナセと組ませたスーは、ナナセのおかしな癖のことを知ってか、それともまた別の理由も含んでなのか「もう一緒にはいられない」と云い残し、姿をくらました。スーのことを気に入っていた分、ナナセはかなりショックを受けていた。その後俺がパートナーを色々に変えてやっても結果は似たようなものだった。それにしても、ナナセのパートナー探しのために奔走する俺、ある意味輝いていたと思う。
はじめのうちは見かけに騙された連中もナナセと仕事をするようになってからは徐々に体調を崩していく。
捨てられて、拾われて、の繰り返し。
もういっそ俺が組んでもやっても良かったが、俺はあくまで上司の立場だし、やっぱり俺以外の誰かとやっていけるようにならなくちゃならない。もうどうしようもないな、なんて頭を抱えているところへ、ちょうど一人だったハチが自らナナセのパートナーを希望してきた。理由、「退屈じゃないやつと暮らしたい」。こいつはどうも俺のことをとやかく云えない性格をしている。それにしても、ナナセを見た瞬間のハチの顔。何度でも笑える。あの時、もう一瞬で落ちていたな。

一方、イツと組ませたロクはその後しばらく何の問題もなく順調にやっているようだったが、 ある任務遂行中に思いがけずターゲットに抵抗され、下手すればそのまま現行犯逮捕になっていたようなアクシデントを引き起こした。
まあ仮に逮捕されたって組織が手を回せば身柄は確実に取り戻せるが、一度汚れた駒は何かと動かしづらくなる。大抵は処分されてしまうのがオチだ。だいたい、組織が身柄を取り戻そうとするのは人道的な見解からじゃなく、何かと不利な記録となりかねない生きた証拠品を自社でシュレッダーにかけてしまいたいからに他ならない。
今回の事件は、イツもロクも互いに自分の責任だと云い張って埒が明かない。かばい合う姿を見せて欲しいんじゃなくて、実際に汚れてんのはどっちか、ってことを知りたいだけなんだ、こっちは。徹底的に調べてみると原因はイツのミスだったことが判った。俺は内心ほっとしていたが、続けてまた別の側面が気になった。
ロクが、かばった。
自分だったらどうしただろう。ミスをしたパートナーを自分の首をかけてかばったりするだろうか。考えなくても分かっている。俺なら、しない。それが組織の秩序形成に不可欠だって実感しているからだ。それなのに、ロクは、まだ何も分かっていないのか。じゃあこれは良い機会だ。そう思って、イツに選ばせた。汚れた駒としてのお前、別の誰かに処分されるか、それとも、自分で自分を処分するか。云うまでもなく、もともと俺はずるい。イツの性格なら後者を選ぶと推測していた。そしてその通りになった。ずるい俺はさらに注文を付け足す。跪かせたイツの額に銃口をあてたまま、こんなふうに命令した。
「だったらさ、あいつの目の前で死んで?何も分かってないのよ、あいつ、この俺相手に嘘吐いてお前をかばおうとしたんだぜ。ほんっと、気に食わないねえ、そういう勝手な行動」

嫉妬?
かも知れない。
羨望?
かも知れない。

イツは命令通りにロクの前で自分自身を処分した。現場では椅子に拘束されたロクが気を失っていた。焼けこげたイツの体がその足元に転がっている。
「やりすぎ。ほどほどにしてって云ったじゃん」
いや、云ってないか。
「悪いなあ、イツ、ありがとな」
イツのことは別の班が引き取りにくる。俺は、車内を汚さないようシーツにくるんだロクを後部座席に横たえた。灯油の臭いが染みつくのは我慢しないといけない。それにしても、青ざめた顔、死体みたいだ。自分のしでかしたことだ、俺も俺にそう云い聞かせる。92という組織において、人の上に立つ、って、こういうことなんだ。傷やその痛みを分かりながら、冷酷になっていくことなんだ。そうやって手探 りで歩んでいく過程でたとえ多くの犠牲を伴ったとしても、同じ地点でうずくまっていないだけまだ自分を許せる。残酷になるいいわけにできる。

とは云え、イツの行動が予想以上に早く起こされたため、ロクの新しいパートナーをまだ考えていない。色々考えた挙げ句、ハチのいるところへ割り込ませることとする。ハチのことをどうやら自分は信用しているようだし、ロクにも少しはナナセの素直さを学んでもらわないとな。とか云って、もう、どうにでもなれって感じなんだけど。

どこにいたって、お前が、俺のことを忘れさえしなければ良いよ。

「ロク、ロク、ロクって、あいつら揃って相当わずらわしい。僕は飼育員か」
会う度にストレスを溜めている。俺はもうね、こいつのこういう顔が愉快でたまらないわけ。
「ハチは煙草ばっか吸ってるしまともに料理も掃除もしないし、ナナセはナナセで夜中までゲームやってるし鍵なくすしいまだに金持ち漁ってるし死体に興奮してるし、あのさ、お前さっきから何にやついてんの、ああ?」
「いやあ、お前が俺以外の他人にそんな興味示すの珍しいなあ、と思ってね」
「何の話。色々な部分で勘違いしてるようだけど」
アラモードの入っていたグラスがもう空になっている。スプーンでテーブルをこつこつ鳴らすので新しく追加注文。見届けたロクが少し大人しくなる。
「だってさ、感情の起伏が激しくなるってことは、それだけ惑わされるってことは、結局それだけ気になってるってことなんじゃないの」
わざと怒らせるような言葉を選んだ。しかしロクも賢くなった、俺の見え見えの手には乗ってこないで目つきだけ鋭くなる。
思わず前髪に触れようとした手をまるで蝿か何かのように叩き落とされた。
「なあ、ハジメも想像してみろよ。目の前で四六時中いちゃいちゃされるんだ」
いちゃいちゃ。
それを真面目に云われると、余計に笑える。
とうとうロクも呑まれたか。
「あいつら、ばかなんだよ」
「そう、ばか」
「超の付くばか」
「うん、超の付くばかだな。さ、6番ちゃん、耐えたご褒美にもう一つアラモードをやるよ」
子ども扱いして、と云いながらもう頬張っている。
テラスに降り注ぐ満月の光が茶色いロクの髪を光のシャワーでさらさらと梳く。
「……なあ、楽しめよ、どうせ生まれてきたんだったら」
思いがけず口をついて出る。
「ん、何か云ったか」
運良くロクには届いていない。
「聞き逃すなんてお前もついてないねえ、俺から直々のエールを」
「要らん」
即答だったが、こいつだって本気でそう思って云ってるわけじゃない、と、俺は本気でそう思ってる。

いつか本当に手の届かないところに行くことがあったって、
大丈夫なように、
今から挫けてだめになってしまわないように、
俺が手をかけてやるよ、
夢中になれるように、
痛みだって覚えられるように、
その対になる感覚だって欲せるように、
俺は、
流れ星を降らせるように、
歌を歌うように、
煙草を吸うように、
新聞をめくるように、
毎晩眠るように、
毎朝目覚めるように、
繰り返し、
繰り返し、
ロク、
お前が生きていくために。

051109