輝いていたね。宝石ちりばめた窓枠に切り取られた、黒い空がきれいだった。息があがって、うまくしゃべれなかったから、そっと手をつないだ。あの部屋でたくさんの赤を見たね。あなたに見つけてもらえて、ぼくはうれしかった。




か ぎ づ め



claw
【初12c以前;古英語 clawu】
(鳥獣の)かぎづめ<残忍・力などの象徴>





「さっきから空ばっか見てるな。面白いものあるか?」
計らったわけでもないのに、不思議だよなあ。クウとこの場所に来ると、必ず満天の星が見られる。
「ねえ、聞いてる?俺、お前にしゃべってんだ」
柔らかな髪の毛を撫でる。ああ顎がまた痩せた、無理ばかりしてんだろう。まあこんな無理させてんの俺だけど。だけど、それ以外に方法なんてあるんだろうか。今だけ見せつける。他のものに浚われないように、できるだけ刺激的に縫い止める。動けないように、って。他の方法?うん、そりゃあるだろう。だけど、そんなの知るか。
「ないから探してるんです」
と笑ったクウの隣に腰を下ろした。
宇宙は広い。届かないものがあるって教えてくれる。このせかいに、人間のかかわった始まりがいくつあるだろう。終わりがいくつ、あるだろう。かぎづめでぶらさがる。傷ついた肌が薄い布のように容易く裂けて、その向こうにもっとまともな世界が見える。光の帯に憧れて、深みにはまった。
「こんだけ広いんだ。あるんだろうなあ。もっとましな方法は」
「さっきから、何ぶつぶつ云ってるんですか。ハジメさんの方こそ」
だけど、何が正しいかなんて分からない。どの時点で幸せなら正しいって意味。何がどうあることが、正しいって、意味。一つずつ解読しなきゃならない。積めば、ただそれだけで不安定になる。そして崩れる。
だったら一緒に落ちてやるさ。
「なあ、クウ」
触っていいか。

「あの犬、好きにしていいんだからな」
「犬?何のことです?」
同じ瞳なのに、見上げ方がまるで違う。
今その目が誘ったんだ。
「ハジメさん?どうしたんですか、いきなり。らしくないな」
あいつのいないところで、掟を破って。
「なあ、クウ。遠慮することなんてないんだからな。誰に何したっていいんだから、お前は死ぬなよ、俺が一人になるから」
「考えが勝手過ぎます」
「前からだぜ。知らなかった?」
腕の中におさまった体。頭に自分の顎をのせた。髪が冷たい。
(巴里の空気、覚えてる?)
俺は眼鏡はずして顔を寄せた。クウはくすぐったがって身を捩る。子どもは何も分かっちゃいない。俺がしようとしたのは、そんなんじゃないよ。

俺にだって限界はくるだろう。
上司。
枷となって離れずにいるか。
離れる可能性孕みながら、身勝手なこと許されてみるか。
二者択一、たった一つの答えを選んだのは幼い時分で、後悔したってどうにもならない。巴里でこいつを見つけた時、俺はもう、今のシーンを思っていたかも知れない。だってずっと、知ってる。このどうしようもなさ。
ああ、笑えない。
「俺がおかしくなったら撃っていいぜ。銃は、ここ。お前のポケット」
何も知らないところから始まった。一歩ずつ足場を作りながら、先の見えない道を登った。
「じゃ、撃ちますね」
「早いな。俺いけないことした?」
「逃げないんですか」
「何で。だってお前、撃たないじゃん」
光を追いかけた。本能みたいに、闇から逃げた。戻れないことは承知の上で。
「撃ちますよ」
「撃たないね」
「何故ですか」
「ん、無理だから」
最初はふたりだったんだ。
すべてそこから始まった、だからこの手を離さない。
「今、悪いのは、右手だったな」
素早く取り上げて、手首をひねった。
「痛い、はなしてください」
「うん、お前が俺を好きだと云ったら」
俺だって、ずっと前から、狂ってるよ。
「好きです」
「感情こもってないなあ」
「まだ子どもですから」
そういうことばも、同じ顔で、云うんだな。
「でも、ハジメさん、いつもいいにおいがしますね」
「嫌か?」
「いえ。懐かしいから、好きなんです」
なつかしいから、すきなんです。
かぎづめの、子どもが笑った。


9=6
Claw,


「ハジメ。唇、切れてる」
「今、お前に殴られたんだよ?」
ああ、覚醒までの時間が、長い。今回は、一晩ちかくかかった。
「僕にくっついてただろう、寄るな、この変態が。どっか行け」
さっきまで素直だったのになあ。ざんねんだ。
「なあ、ロク。巴里の空気、覚えてるか?」
「は?パリ?突然、何」
口調だけじゃない。視点がずっと遠ざかって、一度瞬きすればもうあの目つき。空気が変わって、もういつもの調子に戻った。さっきまでの何もかも夢だったみたいに。


6と9は互いのことに干渉しない。俺がそう仕向けるし9がそれを望むし6も同じだ。歪だけど、きっちりとコントロールの行き届いた疵痕。あの時9は、俺にすべてを託した。こんな俺にすべてを託して、ついてきた。巴里のアパート。窓の向こうの夜空。


「今から行かない?俺と一緒に国外逃亡」
お前のこと、俺なら誰よりも、わかってるよ。
だけど、
だから、
それは、
許されない。
「どこにでも行けば。一人でね。ぼくはもう帰らないと」
あいつのところに、か。
ばかだろう。
自分で仕掛けたくせに、何考えてんだ、俺は。
「あいつに食事つくらせるんだって?」
「勝手につくってんだ。食べないと損だろ。ぼくは頼んでない」
「ふうん。勝手に、ねえ。素直じゃないのあいかわらずだなあ、ロク?」
「お前、死ぬの?」
「ん、だめ」

だけど、確かに。
お前のめざした光は、それなのかもな。
ずっと一緒にいるだけの、俺じゃなくて。

「なあ、ロク」
「うん」
「お前、笑ってるほうがいいよ」
「ぼくがいつお前の前で笑ったんだ」
「妄想」
「ふうん。死ぬんだな?」
「ん、それはだめです」



光。
太陽。
俺はお前の目指したもんじゃあ、ないな。
だけど、
だから、
俺の体にかぎづめをかけて、
お前だけでも手をのばせ。
なあ、
ロク。



050419