遠い国の神さま、おねがいです。




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俺さあ、お前に似たやつもう一人知ってんだよね。
「え?おれに、ですか」
ハジメさんに会うのは何週間ぶりだろう。以前と髪型が少し変わった。伸びた。(おれだってそうだろう)。恒例の半年面談。パートナーが入れ替わって半年の間、不定期に行われる。と云っても、ドライブしたりテレビを観るだけだったり、と気を抜いているのはおれだけかも知れないけど、正直あんまり緊張するものではない。ハジメさんはおれとロクさんの直接の上司だ。おれが92で知っている人は、その二人だけ。
「うん、お前に」
今日はハジメさんの車でドライブだ。この人は車と運転が好きでたまらないのだろう。他の場所で話す時よりもずっと機嫌良く喋る。
「似てるって、何がですか」
「何がって」
「顔とか喋り方とか雰囲気とか、色々あるじゃないすか」
海岸に沿った道路を走っている。やっぱり高級車は違う。車内の静けさが違う。タイヤの音が大きくしない。
ねむい。
いっぺん、死ぬほどねむってみたい。どんなだろう。目覚めた時、どんなだろう。生まれ変わった気持ちって、どんなだろう。生まれた気持ちって。
「しっぽ、かな」
「しっぽ?」
「俺のこの眼鏡、すごいんだよねえ。ただ単にかっこいいってだけじゃないぜ。お前みたいな人間のケツにふさふさのしっぽが見えちゃうの。欲しい?」
「……何かすごくばかにされた気分です」
「したもん」
なんなんだ、このひと。

「ロクとはうまくやってる?」
心臓のどこかが、ずきん、と、撃たれたみたいに痛んだ。
そうだ。
そうだった。
このひとは、ずっとこうやって適当にへらへら笑ってきたんじゃない。あのひとがどこから始まってどこへ向かうのか、その答えを知っているひとだ。少なくとも、その答えに、おれよりずっと近い場所にいるひとだ。気分が悪くなってきた。誰のせいでもないのに、隣にはハジメさんしかいないから、これはきっとハジメさんのせいだ。
「ほら3番くん、またそういう顔する。最近いつもそんなんだな。喧嘩でもしたのか」
やっぱりだ。ずっと前だけ見ているくせに、おれから目をそらしたことなんて一瞬もない。能力。小さな流れも見落とさない、観察力。するどく尖ってる。
隠すのにも限界があるような気がして口にした。それ以前に、こういうこと、隠す必要なんてあった?まだ何も起こっていないのに。
「何でもいいんです。一つでいいんです。何か教えてください。ロクさんのこと」
「本気で知りたいわけ」
「本気です」
「どんなことでもいいわけ」
「どんなことでもです」
どこへ、
「覚悟はあるのか」
「あります」
どこへ繋がっているんだろう。
「知らない方がましな事実でも?」
「それ、どういう意味ですか」
どの波もそれを知らないのに、引き返していくんだ。押し出されて、流されていくんだ。意思ではないのに。
「やめてくれ、サン、そうゆうのって、嫌な予感がする」
「そうゆうのって」
「今のお前」
緊張感を散らすようにハジメさんが、困った顔で笑った。初めて見る表情だった。マスクを被っているんだ。このひとも、また。演じきることぐらいできたろうに、何故今一瞬、おれなんかにそれを見せるんだ。
「当たるんですか。ハジメさんの嫌な予感って」
「当たるよ?」
今のとこね。
と、またスピードをあげる。頭の中でひらける地図を、このひとは持ってんだろう。地図。そこにはいろんなひとの行き先と結末が載ってる。地図を、持ってる。あるいは、持たされて、いる。ハジメさん、それって、辛いですか。誰かの何かを知ってるって、大変ですか。
「詮索するな」
「おれにだって、ロクさんを知る権利くらいあるでしょう」
「ないね」
(ないのかよ)。
いらだちを鎮めようと、手を握ったり開いたりしていた。それにだって、気付いたかも知れない、このひとなら。
「権利なんか誰が保証するんだ。おまえがただ、知りたいってだけだろう、おれが一番の近道だから、ずるい子だなあ」
「……まあ、そうですけど」
かなわない。
もう二度とハジメさんなんかに訊ねるか。

遠い国の神さま、おねがいです、あのひとがおれをぼろぼろにしますように。
残酷に、もっと残酷に、おれをぼろぼろにしますように。

050414