目を開ければ白いカーテンの隙間から薄曇りの空が見える。ぼやけている。どこからも物音がしない。物足りない。静かすぎる。ぎゅ、としがみついてくる。気持ちが悪い。
「なにやってんの。ころすよ」
すいません、と謝られる。面倒だ。こういうことは、とても、面倒。
「三秒以内にころすよ」
五分、と声が上がる。
「ごふんだけ、ください。そうしたらすぐ治まりますから」
「治まるって何が」
「すいません、いきなり。でも、こうしていないとだめなんです。おれ、だめ」
「だから何が」
「今日の天気、あいつの命日にそっくりなんです」
三秒以内と云ったけど力で敵いそうにないからその百倍の五分という条件を飲まざるを得ない。不愉快だけど冷たさは正直少し気持ち良い。
「あいつって」
もぞ、と動いただけ。
もう一度訊ねる、あいつってだれだよ。
ねこ、と声がした。
ねこ、だと。
「そうです、猫です。まだちっちゃくてかわいくて、牛乳だいすきで凶暴でひとりぼっちで、でも車に轢かれちゃっ、……痛!」
ソファから蹴り落とされた犬畜生がまだ何か云うが気にしない。聞こえない。もう一度眠る。遠吠えは無視。猫にするな。ぼくは猫じゃない。




熱 に 浮 か さ れ る よ う に




「謝罪のパフェです」
すごくゴージャスなやつを差し出してみる。強張っていた横顔にほんの少し変化があらわれる。こういうやり方は卑怯かも知れない、けどこうでもしなきゃいつまでも何も食べてくれない。
「和風です」
デザートだけでも良いから。ちゃんと食べてもらわないと困る。あなたに食べてもらわないと生きてもらわないと、生きて、いつか笑ってもらわないと、困る。
「……白玉入りです」
小声で付け足す。
ようやくこっちを向いた顔が一瞬だけ輝きそうになる。おれの目線に気づいて無理に抑える。デザートのてっぺんから底まで映す瞳が、デザートと、おれの顔の上とを往復する。
「お前ってほんと、つまらないものばっかり作る」
すいません、と謝った。今朝から謝ってばかりだ。だけど、このひとになら何遍謝っても良い。紙くずのように丸められて、スリッパみたいに踏まれて、ケーキみたいにぐちゃぐちゃにされても。
「でも、味見くらいはしてやる」
光の射し込む部屋で小さなスプーンいっぱいに(とても一口分とは思えない)一口分をすくい、薄い舌の上にのせて味わう。ぜんざいに白玉を入れホイップの上にたっぷりと抹茶ソース、莓の横に栗も添えた。あなたの好みは知り尽くした。
「おいしいですか」
返事はない。この人、デザートになるとすぐ口の周りを汚す。頬杖をついて眺める。この時間だけは、文句を云わない。それも、味見の範囲ですか?
茶色の瞳。それは色素。睫毛。それも色素。鼻。小さい。首筋。白くて細い。爪。小さい。大きな瞳。その食べ方はまるで子どもみたい。
「あの、」

知り尽くした?
すべてを?
ほんとうに?

「あのすいませんでした今朝のこと。おれ、忘れられないんです。もしかするとちゃんと忘れているかも知れないんですけど、こういう天気になると、むしょうに哀しくなって、もう哀しむことが目的になっているかも知れないんですけど、ちょうどロクさんいたし、ロクさん猫っぽいし手ごろな大きさだし、本当すいません。でも、おれ、猫だと思ってないです。ロクさんのこと、似てるけどそうは思っていないです」
「狂ってる」
「え?」
「お前、狂ってる」

知り尽くす?
むりだ。
そんなの。
「狂ってる」?
むりだ。
そんなの。
感情なんてない、このひとにはなにもわかりっこない。

060205