一週間経ってしまうまでは気にも止めなかった。すれ違っているんだろう、とか。用事があるんだろう、とか。さみしくもなかったし心配もしなかったしこわくもなかった。八日目を過ぎて初めて部屋を覗いて、ベッドのシーツが乱れていなくて、ちっとも戻って来ていないのだと分かった。
そんなに重要じゃない。
よくあること。
関係はない。
ひとりでも生きていける。
キッチンに立って使い方の分からない調理器具を眺める。こんなに散らかったキッチンを初めて見た。物が溢れて、狭くって、しかもほとんど役に立たない。冷蔵庫から卵を取り出す。フライパンにバターを塗ってベーコンを炒める。
重要じゃない。
よくあること。
関係はない。
ひとりでも生きていける。




熱 に 浮 か さ れ る よ う に




クリスタルガイザーのペットボトルをテーブルの上に置く。キャップがちゃんと締められていたか確かめる。商品説明を読み上げる。

「アメリカ合衆国、カリフォルニア州北部に位置する標高4317mのマウントシャスタ。そこに降り注ぐ雪や雨は大自然の中で何年もかけて自然にろ過、熟成され、ピュアな天然水となって……クリスタルガイザーはこのわき水を……純粋さ、美味しさを保った、」

ピュアウォーターです。

「あいつ、もう戻って来ないのかな」

ただもとにもどっただけ。
本当は関係なかった。
と思う。
あのまま生きていけた。
と思う。
大事にされないのは当たり前で、疑問とも思わなかった。
ペットボトルの影は輝いている。
振り返ってカーテンをめくった。陽が落ちていた。スクランブルエッグとベーコンののったお皿を持ったままベランダに出た。
誰に気兼ねする必要もないけど一応窓を閉める。

あいつがかえってきたらいろいろとうるさいだろうから、いちおうしめる。

おいしくなくても食べられれば良い。
毎日スクランブルエッグとベーコンでもぼくは大丈夫だ。

ベランダの縁に皿をのせて街を見下ろす。
風が吹く。
さむくはない。
誰が迎えにきてくれなくても平気。
手を握ったことがなくても平気。
後回しにされても平気。
置いていかれたって平気。
女は家を去った。
男は子供がいたから追わなかった。
殴って泣く生き物なら何でも良かった。
だけどぼくは泣かなかった。
あんなやつのために泣かない。
だから洗剤を飲まされた。
死んだらつまらないから吐くだけで。

ちがうって分かってる。

大事にされるやつとそうじゃないやつとは最初からちがう。
生まれた時から決まってる。
ちがいは探しても見つからないし理由なんかないけど。
さむくはない。
こんな場所はさむくない。
ちっとも重要じゃない。
生きていける。
平気。
置いていかれたって後回しにされたって突き放されたってひとりだって。
同じ顔で生きていく。
さむくはない。
ちっともさむくはない。
あの街のあの部屋は、もっと冷たかった。

060205