「異動、ですか?」
満天の星空。
この空が、あの街に、確かに繋がってんだよなあ。
「そう。初心に返る。俺、もっと上目指すわ。街は明日にも出るよ」
「分かりました」
「ずいぶんあっさり云うわけ」
「たまには、こういうのもいいでしょう」
「たまには、ね。うん」
クウが下唇を噛み締める。目の前で茶色の髪が揺れた。
「忘れないでくださいね。ぼくのこと、ちゃんとずっと覚えていてくださいね」
いつか夢で見た光景。
忘れないで、か。
じゃあ、お前は知ってるか。
あの時お前が乗ってくれたから、舟は今日まで辿り着いたんだ。




9 1  空




帰りの車内でクウは眠りに落ちた。ロクには異動のことを明かさないつもりだ。サンには一応釘を刺しておいたから、ひとまずあいつに任せて良いだろう。今後どんなパートナーと組むことになっても、お前はもう俺の知ってるロクじゃあないよな。もう、だいじょうぶだよな。俺もまた1からやり直しだ。この車の鍵をプレゼントしてくれた、憧れの彼女に少しでも近づけるように、帆を張り直したよ。今度は一人で。

「お。起きた」
ロクは状況を確認するように辺りを見回した。
「お前んち」
「見れば分かる」
あいかわらずだ、と思った。だけど、それでいい。
「お前またクウと喋ってたんだろう」
「あ、ばれた」
「ばれた、じゃねえよ。いい加減睡眠が足りてないんだ。僕を殺す気か」
云っている途中でロクは大きな欠伸をして、ソファの上で寝返りを打つと明るい方を向いた。
白んでいく空がまた一日を運んでくる。
同じものを見て、俺とお前は何を考えてんだろう。
「ハジメ」
「うん?」
「異動するんだって?そんな会話が、聞こえたんだけど」
「盗み聞きか。……でも、せいせいするだろう?」
ふいにネクタイを掴まれる。
そのまま強く引かれて、バランスを崩した俺はソファのロクに覆い被さるような恰好になった。近くには茶色の眸があって、次の瞬間には首に抱きついてる。すごいことする、こいつ本当たまにすごいことする。
「どうしたの、泣いてくれんの。……ロク?」
「まさか」
顔をおしつけられた首のあたりがくすぐったい。体中あったかい。こうしていると、間違ってなかったって気がする。荒削りで、がむしゃらで、後ろを振り返るほどの余裕もなかった。海も空も変わってない。間違ってなかった。
「せいせいしてんだ」
「あ、そう」
何も、間違ってなかった。

お前を見つけて、連れて帰って、一緒に暮らして、意地悪をして、泣いて、怒って、押しつけ合って、誓って、食べて、飲んで、眠って、喧嘩して、乗り越えて、帆を張って、海を渡って、今に至って。

道は、それぞれの方向にどこまでも伸びていく。

050424