目に見えるものがすべてじゃない。そんなこと知ってる。裏を返せば、目に見えないものがすべてでもない。俺達は目に見えるものだけを信じるほど素直にはもう生きていないし、どちらかというと最初から対象を疑いの目で見ていることの方が多い。それは自然と身に付いた癖だ、ジャングルに持ち込むサバイバルナイフのようなもの。「その他大勢」がいつも正しい?答えは、ノー。いつだって崖っぷちを歩いてる。




7 8  ジ ッ パ ー




狙撃されて吹っ飛ぶ頭。カチカチカチカチ。まばたきもろくにせずゲームの画面に見入る横顔を、見つめていた。口から煙草のけむりを吐き出す。空気の流れのない部屋の中で、横顔にとどく前に消えた。それでも俺は何度も繰り返す。飽きもせず、他にすることもなかったし。ロクだったら隣にいるだけで睨み上げてくるところだろう。幸いあいつは今日ここにいない。まだ新しい黒いリストバンドが、中途半端に手の甲まで下がっている。そんなことを気にもしない細い指がコントローラの上をせわしなく移動する。

やりづらくないのか、それ。

「ナナセ。もう、朝」
「ん」
「ずうっとやってんな」
「ん」
ゲームの方がよっぽど大切なナナセは見向きもしない。もうほとんど中毒の喫煙に対していちいち小言を云われるのもいい気はしないが、こうも相手にされないとなるとそれはそれで寂しい。退屈なのでナナセの髪をいじって遊んでいた。
「さらさら。てか、髪の毛薄いなあ。おまえ絶対将来禿げるぞ」
ここに至って初めてナナセが笑った。
「禿げるまで生きないから、いい」
俺は背後から手を伸ばし、コントローラを取り上げた。意外にもあっさりとナナセはそれを手放した。
執着しない。
何に対してもそうだった。だから誰もナナセを引き留めることが出来ない。それはきっと、常人の考えつく条件じゃおよそ無理だ。愛ではない、お金の方がよっぽど効力を持つくらいだけど、それだって確実ではない。将来でもない才能でもない地位でもない安らぎでもない優しさでもない、何でもない。あるとしたら、それは奇跡だ。浮遊することでなんとか呼吸をしているようなもので。ナナセは来るものを拒まない。それと同様に、いやきっとそれ以上無関心に、去る者を追わない。


「へえ。その前に、しぬんだ」
「ん、そ」


触れられる今だって、幸運なのにも程がある。それくらいの確率で、この世界は動いている。ナナセの肩に顎を預けながら、ステージ2。豪華だ。

「しんじゃうの、それとも誰かにころされちゃうの」

ゲームのせいにして、痕跡だらけの首を辿った。左手でまさぐりながら、右手だけのプレイ。癖だろう。ナナセは両腕を伸ばして首に絡ませた。癖だ、もう、俺達の行為は全部、病的な癖だ。歪んでいる。一秒一秒が、こころもとないくらい。

「どっちでもいけど」
「へえ。じゃあ俺やるわ」

他の誰かに、たとえば運命にでも逆らって。

「ん」

ん。じゃねえっつうの。

「まじで。いいの。あんまり無防備だと、ころすよりもっと酷いことしたくなる。俺そういう性」
「いいよ。どんなことでも」

この業務では上下関係は一切相互的であってはならない。情報は上から下へ。報告は下から上へ。ただその交換のみ。俺達はしょせん捨て駒のようなもんだろう。火が点いてしまったのなら切り捨てられる。それを承知で就いている。だからうまくいっているのだけど。まあ、これくらいのリスクは仕方ないでしょ。最初から幸運には生まれついてなかった。
屑のような生き物だった。

「もうね、おまえなんか屑みたいに扱うの」

ロクが聞けば殴られそうな台詞だ。ナナセは意味を分かっているのかいないのか、にこりと笑う。パーフェクト・スマイル。子どもと同じだ。完敗。心地よい敗北感。こいつはたぶん今、本気を冗談に変える魔法を使った。俺はゲーム・オーバーの文字の出る前に、最後の弾をぶっ放してやった。喝采の抽象的表現のようにいくつか頭が吹っ飛んだ。最高ってほどじゃあないけどまあ、気分良くはなれる。ははーざまあみろ。これが俺のちゃちな足掻きだ。とはいえ、ジッパーをまさぐる手はこうも潔くは使命を果たせない。前言は撤回。まだこいつにはかなわない。

「てかね、しぬなよ」
「ん」

ゲーム。日常は茶番劇のようなもん。

040816