6 7  ロ ジ ッ ク




葉脈のように透けて見える。鼓膜で感じる窓の雨音。つたいながら雫になって、君のからだを縦横にさらさらと流れてゆく薄い青い静脈。

(その血になりたい)

唇に触れた指でゆっくりと首を絞めた。つもり。もしかすると、優しく撫でているだけだったかも知れない。その肌の白いなめらかさや、破れそうな薄さや、あどけないあたたかさに驚いて。ぼくはしばらく君の首を撫でる。どこに歯を立ててやろうか。どうやって泣かせてやろうか。そんなことを、考えていたように思う。ふと顔を上げる。窓硝子に自分が映っている。あきらかに欲情している。罪悪はない。ただ、本能だけ広がっている。体中を占めている。

汚れることに慣れた手はもう洗わなかった。その手で触れるためにあったものはとうに、ぼくがこの手であやめてきた。汚されないように、奪われないように。それは間違った判断だったろうか。今でもぼくには、それが何よりも正しい選択だったように思う。

ぼくはいつも子どものような我が儘でここにいた。もしかすると、ずっと誰かに責められたかったのかも知れない。モンスター?何でも良い、罵られたかったのかも。それを確かめてみたいとまでは思わないけれど。そういう可能性も、ないわけではないんだろう。

もう一度君を見下ろす。羨ましくなるほどの才能を持って生きている。どこかで外れたネジはもう見つからないんだろう。ぼくは今度は意識して唇を、珍しく自嘲的に歪めた。そうすると君は僅かに眼を細めて廃人のように酷くうれしそうに笑う、「へんな顔、ロク。それはロクに似合わないな」、「ねえ、何をくれるの?」。

(ああ、忘れてた。ナナセは本物の莫迦だったっけ)

何をくれるか、って?それは自由に似ている。だけどそれが何かをぼくは知らない。ただまちがっても幸福じゃない。誰だって知っている。ただそれを言葉にできない。ことばに、ならない。口にすれば消える。幻のように、跡形もなく。虚ろだけ体に残って、また誰かをふかく傷つける。傷つけるだろう。

「ロク?」、苦しそうな、だけれど決して抗わない瞳をしたナナセがぼくを見上げる。この瞳がすべてを駄目にする。その目があまりに多くを要求するから。なんだ、そんなにも殺して欲しかったのか。殺してやろうか。終わりにしてやろうか、なあ。

「苦しみ」。

云うならばそれに一番近い。呼吸を止めて上げる。鼓動もきっと、そうしてあげるよ。憎しみからもっとも遠いところにある、それ以上に説明しようのない苦しみをあげる。



与えてあげたかったものは、
これからずっと君の胸を締め付けて止まない、
卑怯な切実な、
苦しみのことだ。
この細すぎる、
今にも折れそうな指のことだ。



「泣いている?ロク、どうして泣いているの?どこかいたいの?くるしいの?」



(ああ、またもすっかり忘れてた。こいつは本物の莫迦だった)



040825