思い出は約束と同じ類の生き物で、 かたちにすれば色褪せる。 ほころびる。 そしていつか、ひっそりと息絶えるんだ。




1 7  罠




「このファー本物?」
裏切るところが好きだよ。おまえの。何も大切にしないところとか。誰のものにもならないところ。自分のものにできないところさえ。好きだよ。そういう、壊せないところが。壊したくなるから。
「いいの?」
「何が」
「さわるよ。おれ、ほっとかれたらどこでもさわるよ」
毛皮に埋もれた小さな顔はそんなことどうだってよさそうにすましている。きれいだ。傲慢だ。それは他人の目に映る自分をよく知ってるやつだけのする表情だ。血管の透けた肌を見ていて、懐かしくなって、もうだめだと思った。だめだ。こいつにだけは、そんなふうになっちゃだめだ。何度も言い聞かせたのに、歯止めが効かない。
「ほんものだよ」
なのにひらりと体をかわす。熱は引く。
「もらったんだ。ちょっとの間一緒にいただけなのに」
「その間に何があったかが問題なんだよ」
「何もないよ」
「へえ、おれに嘘つくわけ。せっかく新しいパートナーつけてやったのに」
ゆるゆると伸びた蔦が絡める。小さな尖りが白い肌をぷつんぷつんと刺して毒のように真っ赤な血が流れておれはそれを舐めたい。首をもたげるように重い蕾が天を向く。なんて卑猥な揺れ方だ。


「じゃあなにがほしい?」


苛々する。


「ハジメはじゃあなにがほしい?」


苛々するんだ。


おまえの目は、誰を裏切るときにも、そんなに幼くきらめいたのか。


「ただわけもわからず、生かされてるんだ」
ぎしぎしと悲鳴をあげる。締め上げられた肋骨が。行き場のない血で裂けそうな心臓が。
「そうでしょ、」
舌の上から唾液と一緒にわけのわからない言葉を垂れ流す。
「そうか。じゃあこれも、罠か」
「何のこと」
「ナナセ。おまえの手でおれをころしてくれよ」
「いやだ」
その指は一度も汚れたことがない。
「さっきなにがほしいかってきいたじゃねえか」
棄てることのできる指だから。
「ハジメの願いだけがかなう。それずるい」
思い出も約束も。
「またまた。ナナセちゃんてばすぐおれを困らせようとする。じゃあどうしたらいいわけ」
棄ててこられた指だから。
「ぼくにも何かちょうだいよ。愛とか」
「うさんくさいやつ」
だけど離せずにいる。
微熱を。
いつかとおざかる吐息を。
知っているか、愚鈍。
この死に神はよく笑う。


041231