コーラフロートが嫌いだった。
 コーラは好きだ。アイスだって苦手じゃない。あの境目が嫌いだった。甘くて白いものが甘くて黒いものに溶けていく様子が好きになれなかった。
「おいしっ」。
 食べ物なのか飲み物なのか分からないそれを、そいつは長い銀のスプーンでかき混ぜてストローで吸い上げた。そいつの体がスケルトン素材でできていたら今まだ食道だろう、もうすぐ胃に落ちるところだろう、いっそ鮮明に想像する。
 余程長いこと見つめていたからか、不審がってか、リクが顔を上げた。
「アサトくんも、飲む?」。
 おれは首を振る代わりに下瞼を軽く持ち上げるようにして目を細めた。
 あはっ。
 リクはおれを見て笑う。
「アサトくんって無口なのに露骨だよね」。
 ずず、とコーラが吸い上げられ、かろうじて浮いているアイスの小山がグラスの底へまた少し近付く。無口なのに露骨、ね。おれは目を逸らして窓の外を見た。雨が上がっていた。
「教えて欲しいんじゃなかったの、勉強」。
 質問形のひとりごとにリクは「へへへ」とか「ふふふ」とか笑っていた。
 おれは、だあ、と大袈裟に溜息を吐いてテーブルの上に上体を投げ出した。
 すかさずリクが髪の毛に触ってくる。リクはおれの髪を褒める。おれの髪が好きだと云う。自分では何とも思っていない自分の一部を褒められるのは不思議な気分だ。嬉しいとか気分がいいとかいう地点に達する手前でいつも首をかしげてしまう。でも、どこが、とか、どうして、とか訊けばそれは背筋がひやっとするような種類の会話になっていきそうだから訊かない。
「ぼくはね、いつかアサトくんを手に入れようと思うんだ」。
 慣れた。
 こういう真っ直ぐさにも全部慣れた。
 おれは顔を上げる。前髪の間からリクを見て云った。
「ばかじゃねえの」。
 傷つける意図は微塵も無い。おれはリクがこういう類の発言では傷つかないことを知ってる。じゃあどういう類がこいつを傷つけることがあるのか、って、それを知ってるわけでもないけど。
 着色料にまみれた、毒々しい、赤い果実をリクが口に放る。
 おれは、だあ、と溜息を吐いて再び顔を伏せた。
「アサトくんの気持ちなんて関係ないよ。そう決意してるのはぼくだもん」。
「それってすごい自己中」。
「回り道したって無駄なだけだから」。
「何それ直球のいいわけ?」。
「いいわけじゃなくて根拠ですう」。
「かわいくねえから」。
「……ぼくはアサトくんにとって邪魔なのかな」。
 ふいに弱気な声が聞こえてきておれは思わず体を起こす。新しい手法だ。今まで聞いたことが無い。
「ああそうだよ、って云ったら?」。
 椅子の背凭れにふんぞりかえったおれが促すと、云わない、とリクが断言した。
 アサトくんは、云わない。

 コーラフロートの入っていたグラスはすっかり空になっている。目の前のこいつが、こいつが全部飲み干した。
 そう思うと飲食とは恐ろしい行為だと思えてくる。
 甘いも辛いも溶かして飲み込んでしまうんだから。
 自分の物に、してしまうんだから。
 ああ、恐ろしい。
 そしておれは早くも少しバテ気味だ。明日から雨の日が続くという。雲が去れば今度こそ本格的に夏が始まるだろう。何年も変わらないのに、初めての夏。いつか名前も違ってくるかな。それとも名前は同じまま中身が変わるのか。コーラとアイスを混ぜた飲み物がコーラフロートと呼ばれるみたいに。放課後の喫茶店は西日を受け入れてレモンイエロー。おれは冷や水を呷った。本の紙みたいな色した酸素。水槽の中みたいな場所で水泡みたいな言葉をかわしてる。毎日、毎日。
 リクの茶色い目が瞬きもしないでおれを見ている。
 ちっちゃい頃。
 この目を泣かせたこと、あったな。
 思い出すほどに、忘れていたほどに、こいつとおれの間には同じ時間が流れてる。
 幼馴染。
 兄弟でもなくて親子でもないのに。幼馴染って、幼馴染も、いつか名前を変えてくものなんだろうか。コーラフロートみたいに。季節みたいに。同じように見えて絶対に二度目は無いこの一日一日の出来事みたいに。
 明日おれはリクとここにいない。
 リクは明日おれとここにいない。
 根拠は何も、何もない。
「……ああ、云わないな」。
 じゃ、なくて、云えないな。
 てことは、云わない。
 てよりも、云えない。
 正直。

 許された子どもみたいに笑ったリクが、チェリーの種をグラスの底に落とした。
 ありがとう、って云われたおれは「どういたしまして」と慇懃の裏腹で答える。

 だけどやっぱりコーラフロートは好きになれないんだ。

100612